2016年08月12日

収束と分散-密集陣形と集団戦術の差分

収束と分散-密集陣形と集団戦術、ということですが収束と分散とは何のことを言っているのかといえば古典時代や中世からにおける陸上での戦い、ギリシアなどのファランクス(密集陣形ですね)然りローマの集団戦術然り中世の特にヨーロッパにおけるラインフォーメーションはたまたイスラム勢力の独特な有象陣形(丸みを帯びた陣形など有機的な象(かたち)の戦陣のこと)などなど古代から中世の人たちはいろいろな歩兵戦術を編み出してきました。もちろん、それらは時代や時の変遷とともに姿形を変え変わっていくものなのですが、その中でもひとつ、特徴的な共通点があります。それは、収束と分散という数学の一分野にもある通りの、極めて重要な数理的要素が陸上での戦い(以下陸戦、あるいは陸上戦)における歩兵戦術あるいは集団戦術の要素を左右していたのです。これはゲームの動向と特徴を分析したゲーム理論的に見ても明らかなことで、そもそも大まかな主なゲーム(スポーツ、あるいは陸戦における歩兵戦)において歩兵の集団である陣形がゲームの動向や勝敗を大きく左右していることは明らかなのです。その上で時代とともに人々はできるだけ損耗を出さずに比較的楽に相手に勝てる方法を常に模索してきたわけで、そのひとつが、というか陸上戦におけるその代表例が陣形、あるいは歩兵の集団戦術におけるその象(かたち)だったのです。陣形や歩兵集団の象がその戦いあるいはゲームにおける勝敗を左右するものであれば、そもそもそれらを磨けばゲームに勝てるというもので、比較的小さい力(レバレッジ)でその時々の戦局で重要な戦いで勝利できるのであれば、当然最小手数最大効率であるのでみんなこぞって研究するでしょう。そういう意味ではこの人類史上戦いにおける陣形や歩兵集団の象(かたち)は(戦いが避けがたいものである以上)人類のひとつの大きなテーマなのであり、そういう意味ではそこでの戦術的差分が人類史上を大きく分けてきたといっても過言ではありません。ということは陸上での戦いにおける歩兵戦術、あるいは陣形、集団の象こそが歴史を左右する大きな一要素になり得たのであり、そういう意味ではその数学的な見方である収束という分散という数理的な考え方はある意味戦いなどのそのゲームにおいてあるいはそれらを分析したゲーム理論において非常に大きな答えをもたらすことになるのです。

戦列図 収束と分散.png

陣形や歩兵の集団における収束と分散が戦いにおけるゲームの答えを導き出すと書きましたが、まさにその通りで陣形や歩兵の集団のひとかたまりの収束と分散、つまり密集するあるいは適度に分散して力を分散する、あるいはその密集度、どのくらいその象として歩兵の集団に力を与えるか、あるいは相手歩兵集団の力を受け止めて分散するのか、あるいは突撃するのか、広がって防御するのか、という点においては収束という分散という数学でいえば比較的単純要素に非常に大きく左右されているのです。つまり、収束、つまり歩兵集団がある程度密集してかたまれば、大きな集団を受け止める力は目減りしても反対に大きく広がった集団に突っ込む、突撃するには好都合ですし(極めて物理的な見方、話)反対に鶴翼の陣形などに代表される相手の陣形に対して大きく広がる、翼で包み込むような陣形を取るということは、大きな集団を受け止める、あるいは陣押ししながら弓などの射撃戦などで相手の戦力を目減りさせるのには好都合ですし、逆にそのままの広がった陣形で大きな相手の歩兵集団に突っ込むというのは物理的に不可能です。このように単純な密集陣形と分散陣形にもそれぞれ突撃と防御、あるいは攻撃と防御などといった力の分散と偏向などの極めて物理的な要素が絡んでくるのであり、そういう意味でも陣形や歩兵の集団同士の戦いにおいては収束と分散という数理的な要素が大きく絡んでくることが十分窺えると思います。逆に、集団と集団、数と数における陸上での戦いなどにおいては物理的、あるいは数学的要素が絡んでこないことはほぼまったく皆無であり、戦いなどゲームを分析したゲーム理論などでも(ゲーム理論も数学の複雑系の一分野、です)ある通り人間のやることほとんどすべてに数学的要素が絡んでくる、のです。そういう意味では分析と解析という視点からも陸上戦における歩兵の集団戦術や陣形などはゲームの分析には格好の対象であり、むしろ今回のようにそれらを分析することで数多の人類史上の事象から数学的、数理的要素を見出すことも、できるわけです。そういう意味では収束と分散というのは陸上での戦いにおける力のぶつかり合いなどにおいては非常に象徴的な数理であり、もし人類史上に代表されるそういった陸上での戦いなどのゲームにおいてそのような数理が証明されるのであれば、むしろ人間が起こしていくであろうあらゆる数の事象、またあるいはあらゆる分野の事象においてほぼすべてに共通するような事象を導き出せることはほぼ間違いありません。そういう意味では収束と分散という要素は人類史上においても大きな意味を持っているのであり、そういう意味ではたかが一戦いにおけるゲームの動向であってもその後の歴史に大きく関わって、くるのです。さて、そんなこんなでそろそろ締めたいと思うのですが、そろそろ結論にいきましょうかね。まず、収束と分散のところで話をした通り陸上での戦いにおいては歩兵集団の収束と分散が大きく戦局を左右するものである、と書きました。その上で、その収束と分散を大きくコントロールするものがその歩兵集団の象である陣形、だったのです。陣形にもいろいろありますが、その多くはその歩兵集団の収束と分散度を大きくコントロールするもの、だったのです。例えば収束すれば突撃しやすくなる反面、大きな歩兵集団に対して防御することは難しくなりますし、反対に鶴翼など分散すれば大きな歩兵集団と対峙するのには向いていますが、そのままの陣形で突撃することはできません。戦いとは引きすぎても弓などの射撃などで相手を捉えきることはできませんし、反対にちょっとでも突っ込みすぎるとそれこそ死地です。そういう意味では歩兵の差し引きである歩兵集団や陣形というものは非常に重要で、それを指揮官がコントロールするというのは前提にしておいてそれ以上に歩兵集団の象や陣形が戦いの行く末、あるいは戦局そのものを大きく左右するくらい重要な要素なのです。収束と分散においては広がりすぎると相手に突っ込まれた場合弱いですし、逆に密集し過ぎていると相手を大きく受け止めることはできません。戦いにおいては相手の二面を取ることこそが勝つ重要な要素、ですから(詳しくは「奇角」の項もお読みください)自分の一面あるいは一部局に対して相手のそれより多い面が面することはすなわち負けを意味します。そういう意味でも相手の一面と自分の一面がほぼ常に均等に釣り合うようにするのが安定して戦うための一つのコツで、それらの駆け引きが戦いというゲームの駆け引きにおけるすべてだと言っても過言ではありません。さて、結論に戻りますが収束と分散においては広がり過ぎると敵に面する一面の密度が下がり弱いですし反対に密集し過ぎても敵の一面がこちらに集中することになり効率よく戦えません。一見相手よりも広がれば強いようにも思えますがそれでは積極的に押し出されて突っ込まれた場合には全体の立ち回りだけで負けてしまいます。ということは戦いでもスポーツでもなんでもそうですが相手よりも多少、ほんの少しだけ密集、つまり収束していれば相手よりも強い、つまり負けないことになりそういう意味では相手よりも多少広がり過ぎただけで戦局だけからすると簡単に負けてしまうことになります。ここでは収束と分散という数理的視点のみから戦いを分析していますので、だいたいこういう結論になるのですが、収束と分散という視点からすると相手よりも比較的多少収束していればより効率よく力を発揮できることになり、そういう意味では戦いにおいては分散し過ぎないこと、あるいは過度に収束し過ぎないことが歩兵の集団戦や陣形において勝つコツだ、ということは言えそうですね。
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2016年08月07日

What's the utility?

ユーティリティーとは、ゲームのなどのシステムにおける、まぁ要はユーザー個々のオリジナリティ的な部分でもあるのですが、今日の話はまさにそれで、そのユーティリティがいかにゲームを象作っているか、またどのようにゲームは成り立っているのか、はたまたこれからのゲームは如何にあるべきか、ということについて書いていきたいと思います〜。珍しくITの分野ですねー。
ユーティリティについては解説した一通り通りですがまずゲームがどうあるべきか、という点に於いてです。電子的ゲームを構成しているのは主に二つがあって、ひとつはシステム、あるいは情報の部分です。ゲームの世界がリアルなものであるにしろ何にしろ、その世界に関する情報は重要ですからゲームとしてはこれがないと成り立ちません。ただ、もっとゲームにとって重要で、これがないと、というのがもう一つのユーティリティの部分、です。特に電子的なゲームのそれにおいてユーティリティとは何であるか、というのは先に解説した通り、なのですがまさしくゲームのオリジナリティそのもの、です。だいたい、ゲームというものは構造がこの世界では決まっているものなのですから、どれだけ見た目を変えようとどれだけ様式・方式を変えようとだいたいゲームの題材というものは変わりません。もちろん、それが既に実現している部分から持ってくるからそうなのですが、それ以上にプレイヤーが現状の確認、あるいはゲームに普遍性を求めるから、という理由もあるのです。つまりどれだけゲームの題材が変わろうとプレイヤーが求めるのはこの世界の普遍性とそう相違ないわけなのですから、そもそもゲームの場面のバリエーション、といっても限界があります。そこで、ではないですが登場するのがユーティリティにオリジナリティを持たせるという考え方で、そもそもゲームの設定であるユーティリティはまともなゲームであればプレイヤー個々によって違います。もしゲームの題材や場面がそう他のと大差ないのであれば、個々の設定でゲームを変えてしまえばいい、もちろんゲームの情報の部分は変える必要はないですしできませんが、それ以上にゲームの設定というユーティリティの部分をいじれるようにすることによって、ゲームそのものは変えなくてもいくらでもそのゲームのプレイの手段を拡張することができるのです。ユーザー個々によってそれぞれ設定が違うということはまったくリアルな情報のゲームにそれなりの多様性のあるユーティリティをセッティングことによって、見た目はまったく同じゲームながら個々によっていくらでも多様性を生み出すゲームにすることができるのです。大枠は変えずにシステムチューニングだけいじるという考え方ですが、この考え方なら他の同じ業界の違った作業にも応用できますし、当然違う分野にもシステム的な面では応用が利きます。ちょうど、ゲームのシステムは変えずにチューニングだけいじる、という考え方ですが、非常に簡単なことなのですがこれにやるだけでいくらでもゲームの有りようは変えられる、ということなのです。
最後になりますが、これからのゲームはどうなっていくと思いますか?もちろん、何でも高度化するのは結構なのですが、それ以上にこの世界という普遍的なテーマは変わることはないし、変える必要もないと思います。現状では電子的なゲームというのは現状のこの世界に付随する単なるシステムのひとつなのであって、現段階では決して独立した世界、ではありません。ただ、ゲームの変化の有り方によってはいくらでも簡単に仮想空間を造ることも可能なので、そういう意味では仮想現実と現段階のゲームの技術はちょっと違ったものかもしれません。しかしながら、ゲームの情報という世界そのものの部分については現状のゲームからでもいくらでも改造可能なものなので、ゲームの業界に関わる人には是非情報世界の構築という部分についてはやる気を出して、意欲的にやっていただきたいと思います。それから、ゲームのチューニングであるユーティリティの部分について、ですがゲームを作る上でむしろ自由に改造可能なのはこの部分だけでもあるので、そういう意味でもユーザーのプレイアビリティを段々と拡張していってほしいな、というようにも思います。
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2016年07月17日

ゲームは守りの象(かたち)がすべて

ゲームは守りが全てです。ゲームというのはここでは、中世や近世の陸上での戦いからサッカー、チェス、野球、アメフトなど戦略性があり試合などの形式があるゲームすべてを指します。取引や駆け引きのあるものがゲームというのですが、中世から近世の陸上での戦いやあるいはそれらを模したチェス、あるいはサッカー、アメフトなどのスポーツはどれも力押しで到底なんとかなるものではなく一つ一つの駒や選手すべてにそれぞれの局面で戦略的な動きあるいはどう動くかという戦術面での技術が非常に要求されるもの、なのです。そんな中でも今日御紹介するのはそのゲームでの戦い方、というもので基本的にはゲームは守りが基本で、守りに始まって守りに終わる、というものだというのをまず再確認しておいていただきたいと思います。野球などの攻撃守備の入れ替えがはっきりしているゲームでは、なかなか直観で分かりづらいかもしれませんが、サッカーやアメフトならむしろ守りの陣形あるいは動きがその後のビルドアップというか攻撃への入れ替わり、組み立てに非常にスムーズに影響してくるものだ、というのはサッカーなどを一度はまともにプレイしたことのある人なら容易に分かることだ、というようにも思います。駆け引きをしながら陣形の入れ替わりや個々の動きを通じて全体で連動しながら動き、そしてゴールや得点など目標を達成してスコアを上げるものがゲームだと思うのですが、特にその中でもサッカーやアメフトなどでは特にそうですが守りの陣形やその動きから次なる攻撃の動きを作り出していくのがスポーツなどのゲームでは非常に特徴的になっています。これは中世や近世などのパイクや近接武器、弓・銃などの飛び道具あるいは騎馬などの装備、兵器などで行われる陸上での戦いでも同じで、確かに矢や銃弾などは一度当たったら命に関わるのはもともとなのですが、全体的に戦争などの戦いではまずその取り返しのつかなさから戦場での第一目標を「とにかくできるだけ全員が生きて帰ること」あるいは生き残ることを主目的に設定する場合がほとんどです。まぁ死んでしまっては意味がないからですがとにかくできるだけ多くの味方が生き残る戦術あるいは戦略を戦場の指揮官には求められるわけで、これをここではゲームとして捉えるのですがこれはスポーツなどのゲームでも同じでとにかくできるだけ味方に(失点や消耗など)損耗をもたらさずに如何にして上手く戦い、そしてできればスコアにて勝つか、というのがゲームの主な目的になってくるわけです。スポーツの場合は双方の優劣をスコアという目に見て分かり易い形で表すのですが、実際の戦場ではむしろスコアというほどはっきり結果が分かるものではなく、それひとつの戦いで全体の戦局が決まりづらいものでもあるので、基本的にはその継戦能力、つまりとりあえず一休みしつつできるだけ全体の戦局で戦い続ける力、あるいはその技術を至上命題にします。結局極論してしまえば戦争での戦いも単なる人殺しになってしまうので双方ができるだけ損耗を避けつつ継戦する余力を残しておく、というのが戦場での基本戦術になります。まぁ、生きて帰るにはこれくらいはしておかないといけないわけで、敵味方双方ができれば死にたくはありませんから、当然損耗を避けつつ、できるだけ早期に決着を着けるというのが戦争での優先目標になります。というわけでスコアで分からなくとも目に見えて、というか敵味方がなんとなく勝ち負けが決まったような空気が必要になってくるので、当然ある程度戦術などで勝ち負けが分かるような形にしなければなりません。というのでゲーム的動きが必要になってくるわけですし陣形や全体の戦局などでの「動き」で勝敗がある程度決まる必要があるのです。この「動き」に関してはスポーツも同じで、できるだけ最小の損耗で戦おうとすると陣形や個々の動きなどでの戦局で優劣を付けて、できるだけ相手よりも有利な形を作る、これがスポーツなどでもそうですがゲームの優先事項、となります。相手陣営よりも有利な「象(かたち)」であれば当然その後のゲーム運びが楽になりますから、当然勝てる可能性も高くなってくるわけで、基本的にサッカーやアメフトなどに代表される、「陣取り」ゲームになぞらえられるものはすべてこの共通点を持っていると言ってもいいでしょう。その上でその「象(かたち)」つまり陣形や全体の戦局などがゲームでは基本事項であり超重要事項なのですが、これを形作るのが陣形であり守りで、戦いでもなんでもそうなのですが、個々をつないだ隊列をある程度の布陣に並べてなるべく味方が損耗少なく効率的に戦える状況を作ることを目指します。戦場ではもっとも死んだら終わり、ですからそうならないようにある程度自然に「死ににくい」配置になっていくのはごく当たり前の成り行きなのですが、スポーツでもそれくらいの臨場感を持ってやってもらいたいもので、当然味方の損耗が最大限小さくなる配置が最も効率的に戦える配置となるのです。スポーツといえど損耗は生死に(?)いやいや、その日の試合の結果にはたまたその後のスポーツ選手人生に関わっていくわけですから、できるだけ最大限に抑えて戦いたいものなのですが、それでもゲーム的には損耗は抑えたほうが楽に、つまり有利に戦えるわけで、そういう意味では味方のペースコントロールそれから全体の戦局の運びがスポーツなどゲームでは一番重要になってくることだ、ということは言えることだ、というように思います。戦場では実際にはできるだけ早期に決着を着けることを求められる場合が多いので、例えば長引かせるよりもゲーム的に最小手数最大効率となる手を打って決着を着けるやり方が主に好まれるのですが、それは早く生きて家に帰りたいから、でスポーツの場合は一応一試合という枠の時間が決まっているのでその中でできるだけ最小の手数で最大効率で戦うことを求められるというのは実際の戦いとそういう意味では同じ、なのですがどちらかというとスポーツのほうがフェアな条件で行われる(そういうように仕向けられるから)場合が多いのでどちらかといえばお互いの手が出し尽くされて試合が終わって決着が着く場合が多いようにも思います。とにかく、そういう意味では試合つまりゲームのペースコントロールそれからできるだけ損耗を抑えつつ戦う必要があるということ、また一方ではゲームの展開の仕方あるいは戦術がほとんどすべて守りあるいは基本的な陣形からのほうが展開しやすい場合が多くあるので、そういう意味でも守りは重要なのですが、戦いはすべて陣形が基本、そして守りこそが戦いの基本である、ということは覚えておいてもらって損ではないと思います。確かに攻撃は最大の防御とはいいますが、それは明らかに味方のほうが敵方よりも戦力が上回っている場合の手で、劣勢の場合は必ずしもそうだとは言えませんからというかむしろその攻撃もゲーム的には守りの象(かたち)からしかスムーズに繰り出せないのでそういう意味ではゲームは守りがすべて、というわけなのです。護身術や武術でも同じで、守りの象からほんの少し手を繰り出して攻撃とする場合が多いので、そういう意味ではどんなゲームでもこの基本は同じなのだ、というように思います。それでは、また。(この記事は同管理人ブログより転載したものです)
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2016年07月07日

紹介:おすすめの錬金術ゲーム

錬金術といえば四大元素で火・水・風・大地ですね、古来より色々な地方で伝承に残る魔法だったり魔術などでも同様の要素がありますが、元のバックボーンが同じなので出所はすべて同じものです。より学術的な解釈が錬金術で、より習慣的あるいは実践的な手法・解釈が残ったものがヨーロッパなどで特に古来あるいは中世などから見られる魔法魔術です。どちらも似たようなものですが、錬金術のほうがより科学実験的に実践的だともいえますし、魔法魔術のほうは習慣的に実践的なものだともいえます。まぁどちらも、手法ややり方が違うだけで、大元は同じものなのですけれどね。というわけで、そんな錬金術のゲームを今日はご紹介したいと思います。結構前からあるようなゲームらしいので、ご存知の方も多いかもしれませんが、はい、アトリエシリーズというやつです。今回おすすめしたいのはその黄昏シリーズで、「エスカ&ロジーのアトリエ」というものです。簡単にいえば錬金術をテーマにしたゲームなのですが、重視すべきはその錬金術の世界観的解釈とそれからかなりリアルにできている調合システムです。世界観的解釈のほうは錬金術の本などを読んでいて知っていれば、というか読んでいない人でもこの世界の法則に関わることですので「あぁ、なるほど」と思う人も多いと思うのですが、とても日本の浮ついたゲームとは思えないほど緻密に丁寧にできています。まぁ調合などではちょっと空想的なあったらいいな的なアイテムもおまけ程度で含まれていることには含まれているのですが、それでも錬金術の世界観的にはあり得ることで、もしかしたら技術が再発見されれば実際に作れるんじゃないか、というものも多いです。まぁゲーム内でも「遺跡から発掘された前時代遺物」という解釈ですので、概ね世界観的解釈には問題はないようです。物理表現だったりモンスターが出てきたりと一部仮想世界的な要素も含まれていますが、跳躍したりエネルギーのビームを撃ち込んだりといったのはまぁ物理の情報的表現、要はスターウォーズのジェダイと同じだ、と解釈すればいいですしモンスターは錬金術における「力やエネルギー」の表現を叩き台というか実験台がいないと表現できなくなってしまうので、まぁあえてその標的扱いになっているだけです。もちろん、そのモンスターでさえも「前時代に研究で創り出された実験人工生命体」という設定ですし、実際の世の中の特に中世ヨーロッパ以来の錬金術と世界観的にはそうさほど相違ありません。というかゲームとしては非常によく出来ているほうで、世界観の解釈と構造の理解に重点を置いた場合は、ある程度繰り返しできるのも含めてほとんど100点満点じゃないか、というレベルのゲームです。世界観を理解する、という錬金術の根源的な視点からすると、「これをオンラインで自由な設定でプレイしたい」という欲求ももちろん出てくるのですが、まぁそれは後々出てくるだろう、としておいて、重要なのは、世界観の解釈もそうですが調合の要素のほうです。四大元素など実際の錬金術の要素や科学的実験の知識も多少は必要なのですが、それでも相当実践的な意味で、実際にはなかなかそうはそこまで実験できないという要素も含めて、システムからして非常によく出来ていると思います。仕組みとしては投入した材料に属性がそもそも依存していて、アイテムによってこの数値の属性値を満たすとこういう効果が出ます、といったものなのですが、「スッキリする」「美味しい癒し」など非常にかわいいものから、「回復固定強化++」や「生命の水」「究極の回復量」というものまでちょっと危なっかしいものもあったりするのですが、まぁそこは等価交換の原則に代表されるように「自分で作ったものにはちゃんと最後まで責任を取る」という基本理念がちゃんと通っているというものでもあります。また、中世のヨーロッパの錬金術の世界観をほぼそのまま取り込んでいることもあり、魔法・魔術なんかを含め作れるレシピがスカッシュティーやドラッグブレッド、伝統煎じ薬だったりするなどかなり実際の生活における実践的なものだったりします。大量の水が流れ出す水瓶だったり空想したものが降ってくる本だったりとまぁかなり空想的というか夢想的なものからエネルギーを込めたコアを放射して攻撃するものまで実際にこれそのうち出来るんじゃないか、というぐらい近未来的なものまで、かなりアイテムの種類はあることにはあるのですが、どちらかといえば実際にはほとんどあり得ない系のアイテムよりは手作り繊維やゼッテル(紙)、蒸留水、あるいは中和剤などシリーズで一貫して存在しているであろう錬金術の基本的な道具のほうが、それが作れるということのほうがよっぽどリアルでもあります。特に中和剤など属性の色が存在するのですが、実際に作ったら中の主成分はこれだろうな、ということを想像しながらプレイすると仕組みを覚わるのが早くなりますし、何より錬金術の実験と実践的仕組みをかなりあっという間にしかも作業しながら覚わってしまうというのは非常に優れています。錬金術で重要なのは、最終的に自然やそれらの産物を上手く取り扱う方法を学ぶことにありますので、それ目的とすればかなり完全に近い出来であることにはまず間違いないでしょう。やっているうちに、というか欲といえばこれを自由なリソースで、オンラインで出来たらなぁ、というのは当然出てくることは出てくるのですが、まぁこれ単体のゲームとしてはまず錬金術のゲームとしてはまず間違いありません。世界観も学べて、実験の基本的な仕組みも同時に理解できる代物なのですが、敷居といえば遊べるのがPS3やPSP、vitaに限られる、ということでしょうか自室でじっくり落ち着いてやることを考えればPS3が無難なのですが、まぁ今後のシリーズではタブレットなんかでも出ることも考えられるでしょう。ブラウザゲームとしてもネタとしては悪くないゲームなんじゃないか、というように思います。今回「エスカ&ロジー」のものを紹介したのはやった中では一番出来がよく題材としても適当だから、です。主人公が10代の男女ということで学生には恐らくウケがいいですし何よりそこをターゲットとして錬金術の仕組みと世界観という知識を仕込むというのがまず上手いところだとも思います。政治的にも変な意味合いというか部分もありませんしそんじょそこらの下手なゲームをやるよりもよっぽどいいと思います。最近のゲームはハリウッドナイズされているというか下手なものを選んでしまうとところどころに政治的メッセージが仕込まれていたりなど結構難しい世代にも差し掛かっていることは事実といえば事実です。そんな中でもピュアというかゲームの役割と実際の知識の世界観を教えるという機能の両面を満たしているのが「アトリエ」シリーズで、今回特に「エスカ&ロジー」をおすすめしたわけです。値段のほうもまぁそこそこでダウンロードで買いましたが3000〜4000円とまぁそこまで高いわけでもない。細部が下手な出来のゲームをそれよりも高い値段で買わされるよりはよっぽどましなので、そういう意味の「出来」からしても是非おすすめしておきたいゲーム、ではありますね。
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posted by skywalker at 17:08| 愛知 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

ゲームとゲームにおけるそのストーリーの重要性

ゲームとゲームにおけるストーリーの重要性についてこれからお伝えしていきたいと思うのですが、まず、始めに簡単に説明しておきますと、ゲームとは物事の枠組みのことで、経済・政治、スポーツ、歴史上の戦い、なんでもそうですね数学的にはゲーム理論といってモノごとのうち形式のあるものはすべて、ゲームと呼びます。それを論理的に分析したものがゲーム理論、なのですがストーリーとは、その形式のゲームが連続したものを一般的にはストーリーといいます。つまり、ゲームが連続したものがストーリーで、小説や物語なんかは徹底的に細部まで分解していくとひとつひとつのゲームの積み重なり、とも捉えることができるわけです。なので物語や小説を書いている人は、論理的にいって基本的にゲームを組み上げる、論理的に構築する能力が非常に長けている、ともいえるのですが(ちなみによくいう一見あやふやな文章を書いてまったく論理的にストーリーが見えてこない小説を書く人を見かける、というのもありますが、あれはあえて論理的にいうならば書いている本人にしか分からないレベルの抽象度にまとまっていて、一見しただけでは到底解読不可能だ、というだけの話なのです)それはゲーム(電子的なものの場合)においてシナリオを書いたりゲームを作る人も同じで、同様にゲームを構築する能力ひいてはその連続性如何ですからストーリーを論理的に構築する能力に非常に長けている、とも言えるのです。ゲームやストーリーを書いたり作ったりする人はそもそもゲームを細部まで分解して、さらに構築する能力に非常に長けている、ということでもありますがこの世界の日常のほとんどがゲームで構築されていることを前提とすると、ゲームやさらにその連続性であるストーリーを構築する能力に長けている、ということはこの世界で問題を解決する能力、あるいは新しい問題を見つけたり物事の新たな可能性を発見したりすることに非常に優れている、ということにもなります。まぁ、いうなれば政治家と科学者、それから哲学者というお互いに相反するものを一気に両立させてしまうことにもなるのですが、要は重要なのはゲームやゲーム理論、それからストーリーというものがこの世界の物事において非常に重要なものである、ということであり大きなファクトでもある、ということでもあるのです。陰謀や災害は個人一人の力だけでは止めづらいものでもありますがゲームの仕組みを十分理解すればそれらについて新たに問題を発見したりまた新しい可能性を見つけることによってこの世界を変えていったりすることも可能になるわけです。問題を見つけていって新たに課題を提示し、それらを解決していくことが、この世界の基本的な政治のやり方でもありこの世界を変えていく唯一の方法でもあるわけなのですが、とにかくゲームの仕組みを理解することがまずは重要で、それには実際に問題でもスポーツでもとにかくゲームのパターンを熟すことが重要になってくるのですが、そうしてゲームの構造や仕組みについて理解する、あるいはひいてはそれの連続性でストーリーについても理解を深めることができれば、たった一人の力が起点でもこの世界を裕に変えていくことのできるそんな能力が獲得できるのです。一人の力がやがて仕組みを変え世界の構造すら変えていくのは一見並大抵のことでないようにも思えるかもしれませんが、歴史的な人物の例にもれず世の中では大抵の場合よくあることでもあり、またそれらの人々は必ず世の中の仕組みをまずはよく知り、それから仕組みを徐々に変えれるところから変えていってその結果歴史的な大変化を呼び寄せる、まぁゲームの構造をよく理解しそこから新しいゲームを構築していく、あるいはストーリーを組み立てることにも非常に長けていたわけですね、ができてこそ初めて歴史にある程度の功績を遺すことのできる人物、と相成るわけです。構造がすべての仕組みでその構造を理解すれば自分でゲームを構築して新しい問題を発見したり新しい可能性を見つけたりする、さらには世界を作っていくこともしたりできる、というわけなのですね。まぁ、ゲームの構造というものはこういうものなのですが、よく理解できましたでしょうか?また、余談ではあり結論でもあるのですがゲームというものはあまりにも再現性がありすぎるとそもそもその意味合いが減っていってしまって繰り返す意味がなくなってしまいます。なんのことをいっているのか、といえば電子ゲームなどに代表されるシミュレーションのことで、そもそもシミュレーションとはストーリーありきで、そのストーリーを構築するためにみなさんは電子ゲームのようなものをやっているわけでもあるわけです。元々ゲームとストーリーはワンセットで、ゲームが連続性を持ったものがストーリーであるとも書きましたがそもそも一個一個のシミュレーションにはストーリーがないと意味がないのです。が、しかしそれらのゲームがあまりにもゲームであることを重視しすぎるがために、背景だったり筋書き、ストーリーが蔑ろにされている場合も、こうもいろんな形式で電子ゲームが大量に出回るようになるとどうしてもその「シミュレーション」ありきで出てくるわけなのです。まぁ早い話再現してもあまり意味のないものをひたすらゲームの繰り返し耐久性だけ上げていって再現性を高めていっても、結局はその背景に筋書きやストーリーがないとどうもゲームに入り込めない、というか臨場感を十分に感じることのできないように人間はできているようなのです。結局は人間はその背景の物語だったりストーリーによって物事に大きな意味合いを感じるようにできているようなので、小説などストーリーを書いたりゲームを作ったりするような人たちには、改めてその背景のストーリー、ゲームの物語を重要視して取り組んでいってもらえればなぁ、というふうにお願いしておきたいと思います。ゲームはただの構造でもあるわけですが、人間にとってより重要なのは日常の生活の中でより大きなファクトになっているのはその背景の物語であったり筋書きであったりするわけなのです。ゲームやストーリーなどの創作にあたる人には是非ゲームにストーリーを付けるのを忘れないでおいてほしい、というように思います。結局、人間が日々の生活の中で意味合いを感じているのは、まさにその背景の物語そのものでもあるわけなのだから、というわけでもあるのだから、なのです。
posted by skywalker at 19:13| 愛知 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする