2015年11月27日

なぜ、日本のゲーム会社はこうも失敗作しか作れないのか。

まず、始めに言っておきますがここでは「なぜ日本のゲーム会社はホンモノのゲームを作れないのか」という点に注目して書いていきます。特に、シミュレーションや最近のオンラインゲームのことについてなのですが、とにかく、ちゃんと設定されていないゲームが多い。日本の某オンラインシミュレーションのことについて書くと例えば歴史の交易のシミュレーションなのに金・銀の交換レートがちゃんと設定されていない。また貴金属取引所や証券取引所もありません。悪くすると、物流量からして経済すら再現されていないのですが、少なくとも通貨流通量に対して金・銀の交換レートが、物流量に対して通貨流通量が(あの時代は通貨はすべて金銀銅で出来ています)ちゃんと設定されていないと到底交易は再現できないのです。金銀で通貨ができていて、しかしながらそれに関する取引所もない。ましてや通貨量が金銀の交換レートでちゃんと設定されていないとなると、物流量と金銀の流通量が不足した場合にまったく交易経済は再現できなくなる、のです。もうひとつ痛い点を挙げるならばプレイヤーだけの流通に頼ってコンピューターがシミュレートで自動で流通させる分を計算に入れていない、のです。これは貴金属取引所や証券取引所が設置されていないことからも分かりますが、運営会社は最初から交易経済などみじんも正確に再現する気がなかったのです。まぁ、これはそのつもりがなかったというよりも圧倒的に知識量が不足していたからで、普通の人ならば金・銀の交換レートやと取引所がちゃんと設定されていない時点で正確でないことに気が付きます。作る側に力がなかったというより、元より基本的な知識が備わっていなかったからで、金銀の取引流通量も、物流量に対して通貨流通量がちゃんと設定されていなかったらどうなるか、ということが分からない、というか理解する気がなかったのです。この稿を簡単にまとめるなら、結論としてはちゃんとした元からの知識もなければ、ちゃんとしたものを作る気もない、ノウハウもないのです。もうひとつ、かばうわけではありませんが言っておくと日本人には、「ちゃんとしたゲームを作る権限はない」、のです。詳しいことをいうとややこやしくなってしまうので言いませんが、日本人がもしただオンラインゲームをやっているだけの層が頭が良くなってしまうとどうなるか。世界の権力者は、金融を牛耳れなくなってしまうのです。まぁ、ただのオンラインゲームユーザーにそこまでの力があるかというと当然、「ない」のですがそれでも真実を知ってもらっては困るのです。今、「真実」と書きましたが日本人以外、あるいはヨーロッパ人であれば誰でも知っているような「常識」なのですが金銀あるいは金融のことについて基礎的なことぐらい誰でも知っていて当たり前、です。いや、むしろ今の日本人にはそれが知らされないようにできているからそれが当たり前、なのですがとにかく日本人が作った、日本製のオンラインゲームごときでそれが解明してしまっては困る、そう思ったのでしょう。いや、もっというならばオンラインゲームはおろか普通のゲームは海外製でもバカに作られています。一部のちゃんとこだわって作ったゲームだけが一応正確に再現されていて、あとはポンコツ以下、なのです。ゲームがシミュレーションゲームである以上、ある値が間違っていたらとんでもなく間違ったデータになってしまうのは当たり前で、ましてやそれが人為的に元から組み込まれていない、となるともう目も当てられません。最初からまともなゲームになるはずはない、のです。まぁ、これ以上書くと疲れてくるのであまり書きませんが、ちゃんと作る側に知識がないとゲームはただのポンコツなのです。やるだけ無駄、というものでそれならちゃんとした知識を本なりで探してくるほうが、よっぽどましです。そもそもゲームが知識をもたらすという考え方が根本的に間違いで、そのゲーム自体が間違っていては、正確なはずがないのです。そのゲームはゲームの中のことについてしか教えてくれませんから、ゲームの外、あるいはゲームの設定に入っていないものに関しては到底理解できないのです。作る側にちゃんとしたものを作る気がなければ、そもそもゲームでシミュレーションなど正確に再現できるはずはない、のです。ちゃんとした現実の知識がない、ということは素人裸以下同然で誰がやっても普通のまともな人なら、おかしいとすぐに分かる程度のものができてしまうのです。日本ゲーム会社はそういったものに対していまいち社会的責任を負っていないようにも見受けられますが、とにかく、ゲームは遊びの道具などではなくお金を払って買う以上、ひとつの商品であり創作物、なのです。下手なものを作って平気で売るあたり、商品に対してちゃんと反応も来ていなければフィードバックも来ていないことが丸わかりなのですが、まぁ、これ以上は言いません。どこのゲームともいいません。ちゃんとしたところが作らないゲームには、意味がないのです。しかも、そういうゲームができる下地も、ユーザーも、日本には「ない」のです。ちゃんと作ればそれでよいのですが、そもそもそれが出来ない、あるいはその気にさせない、という理由もちゃんと存在、します。権力の圧力といえばそれで終わりかもしれませんが、とにかく、一人一人の人間がちゃんとした知識を持っていく必要があるのです。それを「やるな」、とはいいません。ただそれをやめずに損をするのは、少なくとも「あなた」なのです。
posted by skywalker at 12:32| 愛知 ☀| Comment(0) | 雑記・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月21日

サケのアンチョビバター焼き-料理の紹介

まぁ、歴史とか文化とか題材にしていますが今日は料理のご紹介。
えっ、なんで?って思われたかもしれませんが文化遺産、いや古代遺跡に匹敵するんじゃないか、
ぐらいの料理を“発見”したので今日はそれを報告しておきたいと思います。

古代遺跡は言い過ぎかと思いますがそれくらいの大発見なので。ともあれきっかけは
ネット版NYtimesの料理動画でした。メリッサ・クラークという人が料理を紹介している
一週間か二週間に一回アップされる動画なのですが、ちょっと前にそれで仕入れた
「サケのアンチョビバター」という料理がとてもおいしかったのでそれを紹介しておきます。

一度はタラで、二度目はカラスガレイで失敗、三度目は(三度目の正直で)サケで実行しまして
またこれがおいしいのです。白身であればどれを使っても基本は変わりませんが本当のところを押さえておきたいという方はNYtimesのページにアクセスして実際に動画を探されることをおすすめします。(ページ中の下段ほど、動画埋め込み リストから:英語)サケでなくてもいいのですが(実際一度目と二度目はサケが揃いませんでしたので)サケがやはり本家本元のレシピとだけあってやはりおいしいです。どちらかというとサケの場合は旨みと味のバランスが取れている感じですがタラやカラスガレイを使った場合はどちらかというと旨みのほうが味に勝つ感じです。でも味は元の魚が薄いのでアンチョビバターの風味が特にアンチョビをちょっと入れ過ぎた場合だと少ししょっぱいぐらいでちょうどおいしいのです。三度目でサケを使ってようやく分かりましたがこのレシピの要点は旨みと味のバランスです。下に軽くレシピを書いておきます。本物が見たいという方はNYtimesのページへ行って動画を探してみてください。では、簡単にまとめておきます。

サケ、もしくは白身魚に塩・コショウ(黒胡椒推奨)をする。
アンチョビのペースト、もしくはフィレを潰したやつをバター(2〜3人前で10〜15g)と混ぜる。バターが堅いという場合はレンジで500W20秒ほどチンして柔らかくするとよい。
フライパンに少量のオリーブオイルを敷く。
さきほどのアンチョビバターを少量フライパンに落とす。焦げないように素早く溶かしてフライパン全体になじませる。

オイルと良く馴染んだら魚を投入。皮側から焼くと良い。カラスガレイなどの崩れやすい白身魚の場合はあらかじめ小麦粉か片栗粉を付けておくとよい。これをやらずにカレイがボロボロになった。

魚の焼き方はまぁ通常通りだが皮面がパリッとなったら裏返す。ここで少量アンチョビバターを追加。フライパンに落として溶けたらスプーン(金属の)で魚にちょいちょいとかける。こうすると旨みが移る。
ジャガイモ、ニンジンなどの野菜を投入する場合はここで。量に応じてアンチョビバターを追加するとよい。もちろんフライパンで溶けたやつをなじませること。全体がこんがり焼けたら完成。野菜類はくれぐれも予め蒸かすなどの火を通す行為をしておくこと。生のジャガイモ、ニンジンなど入れぬように。ちなみに、ブロッコリーは茹でたもの、きのこ類は火を通すのであればそのまま入れてもよい。ジャガイモの適度に崩れた粉と、アンチョビバターが馴染むとなおさらおいしい。野菜類は適度に焦げ目が付くのが理想。このとき野菜類にも適度に塩コショウをしておくとよい。
アンチョビバターは焼き終わるまでに使い切ってしまうこと。具材やフライパンに残ったものはまとめてパンに付けてもおいしい。

以上です。少々分かりにくいかと思いますが手順よりも味のおいしさを伝えたほうがいいと思ってこういう風に書きました。若干中世風のレシピになったかな?
このレシピに関して、ご感想・質問等あればぜひいただけるとうれしい。またこれから発展した料理、改良作なども作ってみた、食べてみたという方は是非是非コメントしていただけると幅が広がっていいと思います。本来ならばレストランとかで食べてみるのが一番いいかと思うのですが、このレシピのいいところはレストランの味が簡単に家庭で作れてしまうところでNYtimesのメリッサ・クラークさんには感謝ですね〜。みなさんも、是非お試しあれ〜。
posted by skywalker at 20:58| 愛知 ☀| Comment(0) | 雑記・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする