2016年09月05日

戦線の突破とゲーム的進行-ゲームのルールと攻略

戦線の突破とゲームの関係性について、ですがまず初めにいいますと、いわゆるゲーム(戦争における戦い、スポーツなどのゲーム、あるいは駆け引きなど)と呼ばれるものは大抵の場合、いきなり極端な例えですが、相手の戦線を突破することで道が開けます。つまり、例えば戦争における戦いやあるいはそのゲーム、さらにそれを模したサッカーやアメリカンフットボールなどのスポーツにおいても、ゲームに勝つ、つまり攻略するには相手の戦線を突破しなければならない、のです。これは、ゲーム理論的に数式を使わずに単純にいうと、相手の戦線、つまり戦いなどでいえば陣構え、フォーメーションのライン、なのですがゲームに勝つ、攻略するにはゲームを展開させなければいけませんから、普通にゲームというものは押し合えばやがて膠着状態になってしまいますから(ゼロサムゲームでもある)、どこかでゲームを展開させなければいけない、のです。となると、相手の戦線を上手く廻り込むなどして巻き取らないといけませんから(大抵の場合スポーツなどの試合でもそうだが戦いにおける戦線というものは一直線で構成されている故に側面を衝かれると弱い)戦線単位で見て(だいたいここでの例えでは30〜50mほど、二列か三列の歩兵などの横列陣だと想定していただければ分かりやすいかと思うが)相手の戦線、つまり歩兵陣と自陣の戦線、歩兵陣が向かい合っているとして、戦況、つまりゲームを展開するには相手の戦線、戦列の横から廻り込まないといけない、のです。下記図参照↓
戦列図・フランキング.png
図にすると若干分かりやすいかと思いますが、戦列同士で対峙した場合は陸上戦の場合は敵戦列側面に廻り込むと効果的に、相手より優位に立てます。ちなみに海戦の場合は風向きにも移動が依存しますが基本的に敵戦列前方になります(よくある丁字砲撃)。かなり大ざっぱな説明になりますが、基本的にこの方法であれば敵戦列を突破できます(これに合わせて敵第一戦列が移動後の自陣第一戦列と斜めに方向を変えて対峙しても自陣第二戦列で横を取れるため。仮に敵第二戦列が前に出てきてもいいが、行進速度の関係だと両軍ともほぼ同じだとして自陣の第二戦列が前に出て前進するまで間に合わない。よって敵方の対応策としては第一戦列が少し下がり気味にスライドして自陣の第一戦線と対峙すると同時に、第二戦列が素早く守り気味に前に出ないといけない。そうでないとゲームにおいては仕掛けたほうが常に若干早いので、自陣の第二戦列にあっという間に前進後突っ込まれて、第一歩兵戦列がごちゃごちゃにされてしまう)。上記のケースだと、例えば中世の場合であれば敵側の第一戦列が自陣側の第一戦列のフランキングに対応しながら、陣形を方陣か円陣に変えて、敵と正面から向き合う面を増やすことも、できます。ただ、この場合も敵側第二戦列が素早く第一戦列の横をすり抜けて蛇行陣の状態で自陣第二戦列と向かい合わなければいけませんから、結局はそこからまともに立て直して相対するのも時間的に難しいですし、そのまま自陣側の第二戦列に対して蛇行陣のまま直進して側面に構えて横ざまに攻撃することもできますが、上記のケースでは先に仕掛けているのが自陣側なので、それに合わせて対応されてしまえば結局は後手後手になってしまい、最終的には勝機を逸してしまうことにもなります。つまりは、上記の図を見て理解できたかは知りませんが、戦い、ゲームというものは対等に対峙している状況とするならば常に先に仕掛けて先に動いたほうが勝ちというもので、そのためには常に相手よりも先に戦略を考えて戦術を打っておく必要がある、のです。先に戦術的手を打って動くには相手よりも戦略的に上回っていなければいけないのですが、それも地形など環境や状況を正確に分析、把握して情報的に優位に立っている必要があり、結局何かといえば、相手よりも詳しく細かく考えて先に動かなければならない、ということですから結局のところ戦いというものは先に手を打って、先に動いたほうの、勝ちなのです。かといって、じゃぁ先手を打っていれば負けることはないから何でも闇雲に先に動けばいいか、というとそうではなく、ちゃんと考えて動かないと相手に足をすくわれますし、色々なあり得るパターンを検証して自陣にとって一番効率的な手を「先に打つ」必要がありますから、それが戦いやゲームにおける、采配の能力というかゲーム的思考の速さ、ゲーム的能力そのもの、なのです。もちろん、戦いといえどゲームですので、この方法で一時的に勝ったとして大局はすぐに変わるわけではありませんが、それでもこれは戦い、及びゲームにおけるひとつの勝つ方法、として記憶に留めておいていただいても、損ではない、方法だと思います。      

〔追記〕
基本的に、軍勢と軍勢同士が比較的開けた場所で、戦う場合において戦線の突破が攻略の方法であるとは書きましたが、これが砦や城を含む山岳地などの敵の防衛戦線だった場合はどうなるのでしょうか?兵法には、概して城は攻むるべからず、とはよく言いますが、これはですね、例えば(この場合は)敵の砦や城などの防衛用構造物、もそうですが大抵の軍事的構造物は特に山岳地帯や丘陵地にある場合は等高線に沿って戦線(ライン)が構築されることがほとんどなので、この場合でも同じ等高線上、ひいては同じ地帯に構築された一連の砦や城などの構造物は、すべて戦線のひとつ、と同じくみなすことができます。じゃぁ、次は例えばこの防衛用軍事構造物で満たされた地帯を突破、あるいは占拠(攻略)したい場合はどうなるのか、というと一連の地帯に砦や城があるからといって、そのすべてが等しく非常に強大であることはまずありません。大抵の軍事構造物を作るのには莫大なお金がかかっていますから、いくらその一連の地帯が重要だといってもやはり一個一個の砦や城にいちいちしっかりと整備費用を割り振るのには限界、があります。なので、どうするのか、というと比較的堅牢な城と、比較的安価で簡易に作れる砦とを分けて、その大小の組み合わせで戦線(この場合は防衛線)を構築して、全体の費用を抑えつつ敵に対して最大限の防衛能力を発揮するように仕組むのです。となると、当然一見無敵の堅牢に思える山岳地帯などの敵の防衛線でも、必ずといっていいほど他の構造物に比べて弱い部分が発生するわけで、こちらの策としては、まず敵の戦線(特に、第一・第二戦線)の突破を第一に考えて、手近な弱そうな砦など比較的小さい軍事構造物から、落としていくのです。まぁ、ここで特に歴史上などでよくあるのは防衛側の敵もそのことをよく分かっていて、敢えて守勢に周った上で、小さな砦を囮にして時間を稼ぎつつ、敵の戦線が弱ったところで一気にその弱ったところを突き崩して包囲を撤退させる、というところでしょうが、とにかく攻略にあまり時間をかけすぎると書いたように敵に隙を衝かれることになってしまうので、こういった軍事構造物だらけの山岳地などの防衛線は、必ずその後背に敵の要衝都市があるなど重要な目標が経路上に(そしてどうしてもそこ経由で進軍する必要が)ある場合にのみ正面からまっとうに攻略という手段を取ります。で、今回は比較的正面からまっとうに攻略するという、いわゆるセオリーというものについて書いているので、さっさと結論に行きますが、前述の通り防衛線の第一線あるいは第二線の比較的小さな砦や拠点を順々に落としていくことで、敵防衛線の巻き取りを図ります。この場合は敵の防衛線の戦力に対して味方の攻勢に出ている戦力が大幅に上回っていることが前提で、それでも城を頼みに敵が防衛線にへばりついている場合、のみ攻略に取り掛かる、とします。このケースのような山岳地帯や丘陵地帯の城や砦といったものは、大抵広い防衛線を管理するのに連絡、つまり伝令の行き来を必要としていますから、その連絡を絶つべく小さな砦など間の中継地点となり得る拠点をことごとく落としていく、のです。まぁ、十分な軍勢で取り掛かっていればこのような小さな拠点を落とすのにはそうは兵は割かずとも、ではありますが、とにかく砦など比較的小さな構造物をしらみつぶしに落としていくことによって、敵の防衛線全体としての連絡・統制能力を完全にシャットアウト、してしまえばいいのです。このようにして防衛線の主要な城や拠点を孤立させていけば、当然敵方は何か手を打つために動くか、あるいは守りながら戦線の巻き返しを図らなければいけなくなるので、当然味方の攻勢に捉えられる可能性も高くなってしまいます。唯一考え得るのは、攻勢側の重要拠点や施設などを奇襲などで落とすことですが(この場合は三国志の官渡の戦いなどが有名ですが、苦境に立った曹操は袁紹軍側の兵糧庫を自ら率いた手勢で闇夜に乗じて焼き討ち、にしました)それもリスクを取った上でコストのかかる話ですので、敵方(防衛側)は苦戦であることに変わりはありません。一方、防衛側が取り得る手としては防衛線後方に使いを派遣して自軍の要衝あるいは首都に援軍を要請することですが、大抵の場合は戦争がその段階までいくまでに敵味方とも手を打ち尽くして防衛側の味方の戦力の余力も残っていないことがほとんどですから、今ある戦力だけで戦線の巻き返しを図らないことには、味方後方からの援軍など期待できないことがほとんどなわけです。そういう状況になると防衛側の打つべき手としては援軍のための使いを出しつつ、味方防衛戦線の巻き返しを図ることだけになるのですが、そもそも味方防衛側の戦力は最初から限られていますし下手に打って出ると攻勢側に付け込まれる可能性だってあるのです。ですが、むしろ防衛側が付け込むべきはむしろそこで、攻勢側が油断して下手に出てこないところを先述の方法などで攻勢側の重要拠点などを奇襲してしまえばいいのです。この点も前述の官渡の戦いとほとんど全く構図が一緒なわけですが(詳しくは三国志参照)、一度防衛戦線を巻き取られ始めると防衛側が打てる手はまともな戦いであればそのくらい、しかなくなってしまうのです。攻勢側の視点に戻ると、防衛側の拠点同士の連絡を絶ったあとはそれぞれ城などを包囲して相手の士気が落ちるか兵糧が切れるのを待つだけですから、比較的穏やかな方法といえど、味方の損害のほとんどなくして敵の防衛線を陥とすことができてしまう、のです。このような重厚な防衛線あるいは軍事的構造物を攻略する場合は大抵このような手法を採らなければいけなくなるのですが、これも方法のひとつなので、残りはゲームなどゲームの選択性と可能性にかけたい、ところですね〜。まぁ、ゲームを動かすには、概してまずその全体の戦況あるいは状況を動かすことが先決になりますから、逆にこういう細かい攻略方法なんかよりは、もっと大まかな全体の方針決定、戦略転換、が必要になるのかもしれないですけどね〜。

〔またまた追記〕
個々のゲームでの戦術や戦略の取り方によって試合や戦いの結果が変わるとは書いた通りですが、早い話、例えば歴史における戦いなどはそうなのですが個々の小さなゲームで勝ち負けが変わったから、といって歴史の大局が大きく変わることは、ありません。というのも、そもそも個々の戦いでもそうですがゲームでの勝ち負けを決めるのは大抵の場合ゲーム外ゲーム、つまりゲーム外の要素で、戦いの前に事前にどれだけ入念に準備したかによって、戦いなどでのゲームの勝ち負けが変わってしまう、というのもあるからです。歴史的戦いなどではなおさらそうなのですが、事前に準備していたこと以外は出来ませんし、事前に準備していたこと以外の想定外が起きてしまうとその戦いにおいてはそれが原因で負けます。なので、といってはなんですが入念な事前の準備、様々な状況を想定して人や物などを十分に準備しておくことによって、初めて戦場での戦いにおいて勝つことができるのです。よくいう訓練で出来ないことは実戦でもできない、というのもまさにそうなのですが、戦いなどのゲームの勝ち負けはこのように戦いというゲーム外のゲームで決まってしまうのであって、そういったのをメタゲームといいますし、戦いでなくともスポーツなどの試合・ゲームにしても、その試合そのもののゲーム以外の部分で勝敗だけみると大抵の場合は決まってしまっている、のです。なぜなら、これも繰り返しになりますが事前に準備できていないことは実践でもできない、というもので、これ以上の言葉に尽きるものはありません。逆にいえば、この言葉がヒントのようなものになっていて、戦いの前に事前に入念に準備していたことは、例えどれだけの国力差であっても例え個々の軍隊のどれだけ戦力差があっても、場合によっては局地戦などでひっくり返されてしまう、そういったことが日常茶飯事的に存在するのが、歴史においての戦いあるいは戦場であり、また実際に人間の行う駆け引き、なのです。そういう意味ではゲーム外で準備しておけば多少の戦力差の不備であっても勝つことができますし、逆にあれこれ想定して準備できていなかったほうは、負けます。なぜかといえば、事前に準備していなかったことは実戦でもできないからで、そういう意味では常にゲームをゲーム外の要素、つまりその概念の外側で観る癖をつけておけば、いろいろな試合や駆け引きで負けることもない、ということです。最後に孫子の兵法の一節を紹介しますが、負けないことに越したことはない、明らかに勝てる戦いだけをする。というのがあります。これだけは、2000年経っても変わらないようで、人間は古今東西どこへ行っても戦いのある度にその実践を繰り返してきた、とも観ることができます。これは、論理的に観れば結構簡単な話で、単純に負けたらそれ以上戦い続けることはできないし、勝てる戦いだけをするようにすれば負けることもない、ということになります。まぁ、要は司令官的立場で観れば軍隊の選択や装備だったり、戦場や戦うタイミングなどを間違えなければ、まず負けることはないだろう、ということでもありますし、逆にいえばそういった戦いに目を奪われていると細かく見落とすようなところで小さなミスを重ねていってしまうと、たとい戦力差があっても負けてしまうような戦いぶりにつながってしまう、ということでもあります。事前に準備さえ入念にしておけば勝てる、とは書きましたが、逆にいえばそういった事前の入念な準備で細かい小さなミスを積み重ねると、例え戦力差があっても負けてしまう、ということです。なぜこうなるのか、といえば人間のやるような駆け引きのゲームはそのほとんどすべてがゲーム外の要素、つまりメタゲームで決まっている、からであって例えゲーム的には圧倒的に戦力差があっても、ほんの細かい小さな要素で戦いそのものがひっくり返されてしまう、ということが平気であるもの、なのです。孫子の兵法にも城を攻めるは下策、その心を攻むるを以て善しとする、というのもありますが、とにかく古武術や護身術と一緒で細かいミスをする、つまり心に隙が出来てしまった方が負ける、ということの象徴のようなもので、こう見ると個々の人間の武術や戦いも、大きな戦場での戦いも、そういう意味では一緒である(特にゲーム的な意味合いにおいてはなおさら)ということも言えると思いますね。ゲーム的には個々の勝ち負けには意味がないということですが、例えばそれが象徴的なものとなると、今度はそれをやる(プレイする)人間の心理に影響してくるものなので、そういった意味では個々の兵士の心理も、細かい勝ち負けやゲーム的要素以上に重要なものだ、ということが窺えてきますね。

さらに
また、「戦国の陣形」/乃至政彦著 という本で日本の戦国時代の一般的な陣形のイメージは、後世の史家やゲーム作品などでの創作ではないか、という論点で書かれている力作があるのですが、その細かい真偽のほどはさておき、その歴史的な通説に一風を吹き込む、そういった研究においての心持のようなものが大事だ、ということを痛切に訴えているものもあるのです。個人的な見解では作中で指摘されていることはまず間違いないですし、戦国の陣形が大衆のイメージによって作られてきたものだ、というのもうなずけます。逆に、それら一般に広く残る陣形のイメージが、必ずしも百が百間違っている、とはいえませんし、少なからず名残のようなものは残っている、とも取ることができるとも見ています。まぁ、論理的にはそのように明確な根拠がないのであれば歴史学的には後世の創作だ、ということにもなるのでしょうが、それ以上に歴史の学というのものが、正しく100%史料が残っていることはまずない以上大半の部分は後世の創作あるいは想像で継ぎ足した部分にもなり得るものなので(細かくいえばそこでも根拠となる史料が正しいものか、どうかという話になると思うのだが)そういう意味では歴史学的にどれほど「正しい」手法を採ろうとなろうとも、最終的にはバランスを取ったその中間の方法になり得るのではないかな、とも思います。要は、ゲーム的な分析が数学的という立場からしても中立的であるとは思うし、そういう意味ではこれからの研究家達が色々試行錯誤して後世に残す手法というものを模索していかなければならないのだろうな、とは思います。作中で触れられていることに関してはどっちつかずだ、とは思いますが、日本の戦国に陣形に関しては曖昧で、ヨーロッパの方がはっきりしている、というのにも納得できますし、逆にいえばアルマダの海戦のスペイン海軍などヨーロッパの戦いでも有象有形の陣形が使われたことがあるのも、事実です。まぁ、これに関しての決定的な違いは作中でも触れられていますが正しく史料に残っているか、という点に尽きるということで、アルマダの方や槍兵によるギリシャやローマなどの円陣や方陣は確かに絵画に残っていたりあちこちに歴史的史料があるものなのですが、日本のものはその後の幕府によるものだったり戦火によるものだったりして大部分が散逸してしまっている、ということもあり、最初の論点に戻りますが正しく史料として残っているのか、という点になってしまうと思います。まぁ、日本というひとつの地域におけるものだからなおさらそうなるのだ、とも思うわけですが、とにかく歴史「学」的にはまず正しく史料として残っているか、という点と、もうひとつはそれらにどれだけ歴史的根拠があるのか、という点が様々な論点で大概の場合に問題になったり、するのです。まぁ、特に日本の戦国時代における陣形の真偽はさておいて、世界の広義の歴史的には確かに戦いにおける陣形が存在しそれらが大抵の場合に戦いの勝敗に影響していた、というのも事実で、そういう意味では、個々の戦いという面でのゲーム的見方をすれば、陣形は個々の戦いの成否を分けてきた、といっても過言ではないようにも思います。    
posted by skywalker at 14:01| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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