2016年08月12日

収束と分散-密集陣形と集団戦術の差分

収束と分散-密集陣形と集団戦術、ということですが収束と分散とは何のことを言っているのかといえば古典時代や中世からにおける陸上での戦い、ギリシアなどのファランクス(密集陣形ですね)然りローマの集団戦術然り中世の特にヨーロッパにおけるラインフォーメーションはたまたイスラム勢力の独特な有象陣形(丸みを帯びた陣形など有機的な象(かたち)の戦陣のこと)などなど古代から中世の人たちはいろいろな歩兵戦術を編み出してきました。もちろん、それらは時代や時の変遷とともに姿形を変え変わっていくものなのですが、その中でもひとつ、特徴的な共通点があります。それは、収束と分散という数学の一分野にもある通りの、極めて重要な数理的要素が陸上での戦い(以下陸戦、あるいは陸上戦)における歩兵戦術あるいは集団戦術の要素を左右していたのです。これはゲームの動向と特徴を分析したゲーム理論的に見ても明らかなことで、そもそも大まかな主なゲーム(スポーツ、あるいは陸戦における歩兵戦)において歩兵の集団である陣形がゲームの動向や勝敗を大きく左右していることは明らかなのです。その上で時代とともに人々はできるだけ損耗を出さずに比較的楽に相手に勝てる方法を常に模索してきたわけで、そのひとつが、というか陸上戦におけるその代表例が陣形、あるいは歩兵の集団戦術におけるその象(かたち)だったのです。陣形や歩兵集団の象がその戦いあるいはゲームにおける勝敗を左右するものであれば、そもそもそれらを磨けばゲームに勝てるというもので、比較的小さい力(レバレッジ)でその時々の戦局で重要な戦いで勝利できるのであれば、当然最小手数最大効率であるのでみんなこぞって研究するでしょう。そういう意味ではこの人類史上戦いにおける陣形や歩兵集団の象(かたち)は(戦いが避けがたいものである以上)人類のひとつの大きなテーマなのであり、そういう意味ではそこでの戦術的差分が人類史上を大きく分けてきたといっても過言ではありません。ということは陸上での戦いにおける歩兵戦術、あるいは陣形、集団の象こそが歴史を左右する大きな一要素になり得たのであり、そういう意味ではその数学的な見方である収束という分散という数理的な考え方はある意味戦いなどのそのゲームにおいてあるいはそれらを分析したゲーム理論において非常に大きな答えをもたらすことになるのです。

戦列図 収束と分散.png

陣形や歩兵の集団における収束と分散が戦いにおけるゲームの答えを導き出すと書きましたが、まさにその通りで陣形や歩兵の集団のひとかたまりの収束と分散、つまり密集するあるいは適度に分散して力を分散する、あるいはその密集度、どのくらいその象として歩兵の集団に力を与えるか、あるいは相手歩兵集団の力を受け止めて分散するのか、あるいは突撃するのか、広がって防御するのか、という点においては収束という分散という数学でいえば比較的単純要素に非常に大きく左右されているのです。つまり、収束、つまり歩兵集団がある程度密集してかたまれば、大きな集団を受け止める力は目減りしても反対に大きく広がった集団に突っ込む、突撃するには好都合ですし(極めて物理的な見方、話)反対に鶴翼の陣形などに代表される相手の陣形に対して大きく広がる、翼で包み込むような陣形を取るということは、大きな集団を受け止める、あるいは陣押ししながら弓などの射撃戦などで相手の戦力を目減りさせるのには好都合ですし、逆にそのままの広がった陣形で大きな相手の歩兵集団に突っ込むというのは物理的に不可能です。このように単純な密集陣形と分散陣形にもそれぞれ突撃と防御、あるいは攻撃と防御などといった力の分散と偏向などの極めて物理的な要素が絡んでくるのであり、そういう意味でも陣形や歩兵の集団同士の戦いにおいては収束と分散という数理的な要素が大きく絡んでくることが十分窺えると思います。逆に、集団と集団、数と数における陸上での戦いなどにおいては物理的、あるいは数学的要素が絡んでこないことはほぼまったく皆無であり、戦いなどゲームを分析したゲーム理論などでも(ゲーム理論も数学の複雑系の一分野、です)ある通り人間のやることほとんどすべてに数学的要素が絡んでくる、のです。そういう意味では分析と解析という視点からも陸上戦における歩兵の集団戦術や陣形などはゲームの分析には格好の対象であり、むしろ今回のようにそれらを分析することで数多の人類史上の事象から数学的、数理的要素を見出すことも、できるわけです。そういう意味では収束と分散というのは陸上での戦いにおける力のぶつかり合いなどにおいては非常に象徴的な数理であり、もし人類史上に代表されるそういった陸上での戦いなどのゲームにおいてそのような数理が証明されるのであれば、むしろ人間が起こしていくであろうあらゆる数の事象、またあるいはあらゆる分野の事象においてほぼすべてに共通するような事象を導き出せることはほぼ間違いありません。そういう意味では収束と分散という要素は人類史上においても大きな意味を持っているのであり、そういう意味ではたかが一戦いにおけるゲームの動向であってもその後の歴史に大きく関わって、くるのです。さて、そんなこんなでそろそろ締めたいと思うのですが、そろそろ結論にいきましょうかね。まず、収束と分散のところで話をした通り陸上での戦いにおいては歩兵集団の収束と分散が大きく戦局を左右するものである、と書きました。その上で、その収束と分散を大きくコントロールするものがその歩兵集団の象である陣形、だったのです。陣形にもいろいろありますが、その多くはその歩兵集団の収束と分散度を大きくコントロールするもの、だったのです。例えば収束すれば突撃しやすくなる反面、大きな歩兵集団に対して防御することは難しくなりますし、反対に鶴翼など分散すれば大きな歩兵集団と対峙するのには向いていますが、そのままの陣形で突撃することはできません。戦いとは引きすぎても弓などの射撃などで相手を捉えきることはできませんし、反対にちょっとでも突っ込みすぎるとそれこそ死地です。そういう意味では歩兵の差し引きである歩兵集団や陣形というものは非常に重要で、それを指揮官がコントロールするというのは前提にしておいてそれ以上に歩兵集団の象や陣形が戦いの行く末、あるいは戦局そのものを大きく左右するくらい重要な要素なのです。収束と分散においては広がりすぎると相手に突っ込まれた場合弱いですし、逆に密集し過ぎていると相手を大きく受け止めることはできません。戦いにおいては相手の二面を取ることこそが勝つ重要な要素、ですから(詳しくは「奇角」の項もお読みください)自分の一面あるいは一部局に対して相手のそれより多い面が面することはすなわち負けを意味します。そういう意味でも相手の一面と自分の一面がほぼ常に均等に釣り合うようにするのが安定して戦うための一つのコツで、それらの駆け引きが戦いというゲームの駆け引きにおけるすべてだと言っても過言ではありません。さて、結論に戻りますが収束と分散においては広がり過ぎると敵に面する一面の密度が下がり弱いですし反対に密集し過ぎても敵の一面がこちらに集中することになり効率よく戦えません。一見相手よりも広がれば強いようにも思えますがそれでは積極的に押し出されて突っ込まれた場合には全体の立ち回りだけで負けてしまいます。ということは戦いでもスポーツでもなんでもそうですが相手よりも多少、ほんの少しだけ密集、つまり収束していれば相手よりも強い、つまり負けないことになりそういう意味では相手よりも多少広がり過ぎただけで戦局だけからすると簡単に負けてしまうことになります。ここでは収束と分散という数理的視点のみから戦いを分析していますので、だいたいこういう結論になるのですが、収束と分散という視点からすると相手よりも比較的多少収束していればより効率よく力を発揮できることになり、そういう意味では戦いにおいては分散し過ぎないこと、あるいは過度に収束し過ぎないことが歩兵の集団戦や陣形において勝つコツだ、ということは言えそうですね。
posted by skywalker at 13:32| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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