2016年06月26日

仮説の立証とシミュレーションの差分―答えを知りまた答えを新たに創るには

本稿で説明するのは端的にいうと仮説の立論、あるいは立証自体が歴史というものにおいて答えを作り、またそれ自体が答えになっていくというものです。なぜなら、歴史というものは見方あるいは着眼点によってなんとでも変わってしまうものであり、しいていえばどの説明も、「ちゃんとどこかにはある」ものであり、それが大きい小さいかで巷の歴史家なるもの(?)は歴史的に事実なのか、そうではないのか、という無間地獄のような問いを延々と繰り返しているのです。単純にいえば、その類で歴史にあったかどうか、というものは大抵歴史のほんのインクかすのような部分にまで紐解いていけばほとんどの確率で、「大抵どこかにはある」ものでありむしろそれがある一定以上大きいか小さいかによって、世にいう一般というものでは歴史にあったか、ないかを論じているだけに過ぎないように、思えるのです。つまり、これはどういうことか、というと端的にズバッといってしまえば最初から見方次第で変わるものを延々とあるか・ないか論争してもしようがない、というもので、細かく論じれば「歴史のどこかにはある」し、広範に、というか一般的に平たく述べれば「こんなこともあったとは考えられるが、むしろこちらのほうが物証的にも確度が高いのでこちらの確率が高い」、ということを延々と論じているようなものなのです。これでは答えも出ないのも至極当たり前で、結局はある点を観た人だけが分かる歴史なら、そんなものは広範な歴史とは言えないのであろう、というのを言われるのもオチではあるし、かといって一般的・広範にはそうでもこの細かくも貴重な一点の物証を見れば、通説など一気に引っ繰り返すことも夢ではない、と息巻いてみせるのも、どちらかといえばそれひとつでその時の歴史の全体像が変わるものではない、と突っ込めるといえば突っ込めるのです。つまり、どういうことか、といえば結局見方次第で変わってしまうものなら、物証や事実の大小に関係なく、こうだ、と言ったことが立証されれば、それはその時点限定において多少はあり得るとは認められることだ、ということは認められることだ、という視点は成り立ってくるわけです。つまり、これは見方で変わるものを最初に多少はまともなことを言ったもん勝ちだ、ということを言っているのと同じで(むしろ思いっきりそうなのだが)、その積み重ねが歴史学、というもので今後もこれは新しい観方、視点を提示すれば案外容易に変わり得るものだ、ということはまず頭の片隅に入れておいてほしいことだ、というようには思います。それでいて、なのですがここから本題に入りますが本稿で述べたいことはまさにこの点で、観方によって変わるものならばそもそも新しい観方を提供すればいいじゃん、とはまさにこのことで視点の違いで容易に変わり得るものならばそもそも既存のところに一個新しい視点を提供してやればいいわけで、ここで役に立つのはゲーム理論、というものです。ゲーム理論の詳細についてはゲーム理論の本を読まれるといいとは思いますが、ここで簡単に説明するならば新しい視点を論理的に仕組み的に説明できれば、そもそも見方や反証だけでそうそう簡単に引っ繰り返されるものではない、ということが言えるのです。つまりこれはどういうことか、というとゲーム理論とはそもそも物事や出来事を、仕組みやそのメカニズムから解析するもので、数学の複雑系の一分野でもあります。元々見方や物証ひとつで簡単にひっくり返ってしまう歴史学というものは論理的な数学とはそれ単体では非常に相性が悪いものでもありますから、論理的に数学的にいってしまえば歴史学単体では意味がない、ということも言えてしまうわけなのですが、それはおいておいてその数学の一分野であるゲーム理論と歴史「考証学」として過去の物事あるいは事象を分析するモノを導入してしまえば、そもそも数学側も歴史学側もどちらも困らない、ということになり(この手の論議で有名なのはついこの間出た「21世紀の資本」/トマ・ピケティ著というものがありますがあれは脳機能学者の苫米地氏に著書で「論理的でない歴史学にデータ分析を持ち込んでもしょうがない、しかも論理的に(つまり数式で)立証されてすらいない」とずたぼろにされているのですが、これはある意味簡単で最初から論理的な数学体系もあるゲーム理論なら、容易に立証し得る、というものです。もちろん、先の「21世紀の資本」の著者であるトマ・ピケティ氏がそれを把握していたかどうかは定かではありませんが笑)「考証学」としているのがひとつポイントで論理的でない、と批判されるのはそもそも歴史学(本当は学をつけてはいけない笑)という見方ひとつで変わるものであるから、そこが論理的でない、と批判されているわけであって、それを構造解析して、分析して「ある程度、数学のツールを使って」論理的にできるのであれば歴史「考証学」として数学と歴史は共存可能だ、ということが言えるのです。まぁ、もっとも「考証学」でも「比較・批判学」でもない歴史は単なる先代の日記とおんなじ、ということにもなり得る、というかなってしまうのですが、それさえなんとかすれば、そもそも「ある程度は、その見方において有効な、あるいは限定的に立証可能な」ものとしては十分歴史「考証学」として存在可能なわけでもあります。これをどういうことか、ということを端的に説明しますと、ある程度論理的に立証できるものであれば、十分「比較・検討学」としては機能し得るよ、ということが言えるということです。もちろん、ここで重要なのは、「比較・検討」して事実を暴く、ことではなくそこで得られた論理・法則あるいはデータを基にして他の事象を論理的に解決する、ことであり、あくまで歴史の単なる解明、ではなく細かい点を比較検討して次の課題の解決につなげよう、というのが主旨だ、ということです。比較検討して事実の大なり小なりを言い合っているのでは先に冒頭に書いたくだらない巷のやりとりとなんら変わりありませんので、ここはやはり一皮むけたので一歩踏み込んで論理・法則あるいはデータを導き出してそれに基づいて仮説を立てる、あるいは立証する、というところ、まで進みましょう。そこまでいければ、少なくとも旧式の歴史「学」からは脱却したことになり、巷でよくいうくだらない文系・理系などという(こんなことは日本だけだと思いますが)区別ももうほとんどなくなる、のです。元々旧式構造というのは既得権益によって自分たちの所領を守る(といえば聞こえはいいかもしれませんが、実際には他者から奪い上げているのと同じ)あるいは取り分、へそくりというおいしい甘い蜜を作り出すためにわざわざ作り出されたもので、「あらゆる視点、観点あるいは意味での真実の解明」を主とした論理的な学問、の存在からは元々遠く離れたものであったはずです。それが、東の果ての日の本とかいう国では21世紀の現代にもそういった既得権益構造あるいはそれらを守る利権構造があからさまに慨然と存在するものなのであり、これを問題といわずなんとするか、あるいはそのことすら知らずかつ庶民の裾にまで既得権益構造、あるいは利権構造の正当性が小児の唾液がごとく染み込んでいる国は、他には、ありません。こういった現状を、比較的公に公開された、まっとうな方法で解決し得るのがそもそも先に述べた本来の意味での学問であり、それに対して今まで論理的でないものがどっしりと居座ってきた旧式学問というものは早々のうちに改められなければならないものだ、と強く認識しています。まぁ、ここでこんなことを言ってもしようがないのですが、それ以上に今回はこの稿を読んでいただいたので新しい視点を持ち帰っていただきつつ、今の東の果ての日の本の国、の現状を多いに考えていただいて帰っていただきたいと思います。長い文でしたが、お疲れ様でした。
posted by skywalker at 15:23| 愛知 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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