2016年03月29日

The game of golden age

The game of golden ageというゲームを知っていますか?訳すと、「黄金時代のゲーム」そのままなのですがwindows10の(あるいはmicrosoftのアプリストア)で無料で入手できます。つまり、windows10(あるいは8でも機能するか)を導入した人なら、誰でも買える、のです。オランダ(ネーデルラント)のちょうど1600年頃からの東インド会社が東南アジアに進出し始めた頃がテーマの投資及び証券取引をやるゲームです。逆にいうと、投資・証券取引だけをやるゲーム、なのですがまぁ、早い話、バカというか知識のない人には、できません。というか、単に投資・証券取引だけではなく思いっきり当時の知識が必要になるゲーム、です。まぁ、無料なのでとっととwindows10を入れてもらってプレイしていただくのが一番手っ取り早いのかと思いますが、やることとしては一ヶ月単位で進むので、投資する品目を決めていくら投資するかを決めるだけです。銀行からの借り入れもできますし投資できる交易品は小麦から始まって魚肉やワイン、木材、塩など徐々に増えていきます。ある程度進むと東インドへの航海やポルダー(水地・湿地開発)の事業にも投資できるようになり、こちらは証券という形での投資になります。証券に投資するとあの時代の証券ですから単価はだんだん高くなっていくものの投資できれば安定して利益が得られるので、儲け方としてはまず小麦や魚肉などの日用品から始めてある程度安定して資産が得られるようになってお金が貯まってきたらこんどは絹などの高級品に投資していきます。もっとも、絹などの奢侈品の相場の特徴は小麦や魚肉などの日用品に比べると上がりにくく下がりやすい、ですから何かのきっかけで急に上昇に転ずることはあっても落ちるときは、落ちます。ただ、海外産の場合が多いため利益が得られるまでのタームはある程度、長いです。銀行からの借り入れも収益が得られるまで、というか投資期間の長さに合わせて借り入れるのですが、最初は儲かりそうなものから借り入れで元手を増やして投資していき、ある程度回転してきたらローンは引き上げて自己資本の比率を増やしていきます。ちなみに、投資金額が1000ギルダーを超えると利回りが出なくなったときに90%しか返ってきません。日用品、奢侈品である程度自己資本を得られたら東インドへの航海やポルダーなどに投資して証券の数を増やしていきます。ある程度時間がかかるゲームなので、プレイするコツといえばどれだけ長い目線で、順調に投資できるか、といったところですね。木材や銅などは、特に上昇する確率が高く投資するかいは大きいです。まぁ、相場に応じてどれだけ資金を調整できるか、といったのもプレイするひとつの重要なポイントになると思います。なにしろ、このゲームはオランダのユトレヒト大学肝いりのゲームなので、ある一定以上正確なことには間違いないですし知識の足りない人、や何にも知らない人にとっては大きな糧になるゲームだとも思います。しかしながら、先述した通りバカにはできないゲームですから、やるのならある程度はオランダの東インド会社やその黄金時代の当時の事が書いてある本を読んで、ある程度知識を付けてからプレイされることをおすすめします。そのほうが、何も知らずしてやるより、よっぽど得るものが多いでしょうからね。一ヶ月ごとに進むので、プレイするタームは長いといっても、そこまでこちらがプレイする時間としては、長くありません。5、10分でも十分楽しめるので、まぁ、そのためにも2,3はその当時に関する本を読んで、十分に知識を付けてからプレイされることを、おすすめしますね。
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2016年03月27日

秘数と手工業

まず、始めにいいます。手工業の秘訣は秘数にあります。といっても、パッと来ない方も多いかと思いますが、これを簡単にいいますと、秘数とは数の巡りや構造を学式化したもので、手工業はそもそもほとんど手作業でやるわけですから、当然人体を手際よく動かして作業するのには自然のバランスを考慮している必要があります。この自然の巡りこそが秘数で、手工業を手際よく作業すれば当然仕事効率が上がって給料がよくなるかも、しれないのです。といっても、手工業は給料がすぐ上がるかどうかに関わらず手際よく作業することがまず第一ですから、まずは手際よく作業できるようにすればいい。で、その手際よく作業する方法が、自然の巡りであり秘数なのです。秘数、というとちょっと分かりづらいのかもしれませんが、基本的には数あるいは自然の巡り、つまり数の巡りがよければそれだけ効率よく作業できる、あるいはその他の自然数の組み合わせ方や秘数以外の数の使い方も含まれているかもしれませんが、とにかくその作業の構造を数の巡りで数理化してしまえば、あっという間に効率よく作業ができるようになるのです。まぁ、中世・近世の人たちが手工業などで作業する際に、手工業の単純な作業でも一応ゲームですから、そのゲームの数理の差分と頭の使い方、あるいは手工業の作業を数理的に見た場合に、行き着くのは秘数、なのです。もっとも、秘数に頭を巡らしていれば自然と楽に作業できるし効率よくできるから、というのも考えられますが、とにかく自然の数の巡りを明らかにしたのが秘数で、その組み合わせ方、あるいは扱い方次第で、誰でも効率よく作業できるシステム、というのが作れるのです。その他の自然数の組み合わせ方や数の使い方で作業を管理していたかもしれない、と書いた通り、集合知というか熟練と経験の勘、というのもあったのかもしれませんが、とにかく秘数的な側面、自然と数の巡りを研究すれば、手工業の秘密を解き明かせる、というのも明らか、なのです。
(同管理人ブログからの転載です)
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2016年03月26日

ルネサンス期ヨーロッパの手工業・文化についてのwikiを作りませんか?

現在「中世・近世ヨーロッパ歴史研究考証wiki」というのをやっていて先日「錬金術関連のwiki」ということで募集をかけました。で、今度は、といいますかその関連で「ルネサンス期(中世・近世)ヨーロッパの手工業あるいは文化」についてのwikiを立てませんか?ということなのです。ヨーロッパと書きましたが別にヨーロッパ関連でなくても手工業は昔からありますからどの文化圏でもどの地方でもいいのですが、とにかく中世・近世の時代の手工業いわゆるマニュファクチュアリング、についての研究や考証をするwikiを作りませんか?ということです。wikiのフォーマットというかサイトのほうはSeesaawikiというサービスで簡単に確保できますので(管理者的利用にはSeesaaIDが必要になります。登録は無料で簡単)まぁ問題は中身ということでとにかく編集する人、wikiを作っていく人を募集したい、というわけなのです。ヨーロッパのルネサンス期に限定したのは、早い話皆が知ってるし分かりやすいから、で別に特に限定しているわけでもなくだいたいその前後の、という掴みで結構です。また文化、とも言及していますが手工業や産業、あるいは貿易や経済が成り立つのには、必ず文化的、歴史的時代的背景が必要になります。中身だけを見て大枠を研究しないのはあり得ませんから、「ルネサンス期ヨーロッパの手工業・文化」と絞ってタイトルにしたまでです。興味があるかどうか、だけではなくご意見やご要望もお待ちしております。wikiは皆で作らなければ成り立たない、だけども十分にモノとして満足いくだけの出来の媒体と、それを十分な質で手際よく仕上げていくだけの資質を持った人を集めることの難しさを痛感しながらやっています。実際現在「中世近世の歴史考証wiki」のほうは実質一人で編集しています。満足いくだけの内容を書くのももちろん難しいのですが、と同時にそれを手際よく十分な内容で書き上げてしまうだけの人を見つけるのも難しい、のです。かといって、内容からしてあまりキャッチーにしてもいけないし、あるいは手を抜いたような適当な文章も当然書けないわけです。となると、やはり自分が、というかやれる人がやれる時に編集していく、という心構えが必要で、この種のwikiは情報量と閲覧しやすさが売りですから、人気取りと閲覧数を増やすのを前提とするのではなく、やはり手許の一個一個から丁寧に仕上げていかなければいけないのだなぁ、と痛感しております。というのは置いておいてですね、とにかくルネサンス期の手工業・文化についてのwikiを作りませんか?ということでですね、とにかく編集者・読者などの参加者を大々的に募集しております。他にも作りたいあるいは興味のあるwikiなどあったら是非言ってくださいね。一応一アカウントあたり5つぐらいまで作れたと思うので、適当に2,3個作るとしてまたご自分のが必要な際はSeesaaIDを取得して作ってください。まぁ、メールアドレスがあれば大丈夫です。また、wikiのほうでは相互リンクも募集しています。一応「中世・近世歴史研究考証」のほうでは関連するサイト及びページのほうに限らせていただいてますが(ブログでも大丈夫です)何よりネットワークが頼りの綱でもあるのでそちらのほうは遠慮なくご通知ください。なおwikiのリンクはプロフのほうに書いてあります。また、ニコッとタウン(コミュニティ)のほうのリンクはアバター絵をクリックしてください。以上です。皆さんのご参加、お待ちしております。
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シミュレーションの差分と経済論の立証

シミュレーション、例えばゲームなどを用いれば貿易や経済など学術的精査の対象となるものを再現することは十分可能なのですが、シミュレーションで果たしてそこまで可能なのか、というのはあります。しかしながらゲームはそもそも交易・貿易・経済・政治などを含め全てシステム、階層構造になっているため(≒ゲシュタルト)最終的に抽象度のプレイし得る範囲で一番高いものをプレイすれば、ある程度の経済的事象は理解できるし、仕組みとしての経済論などの立証も可能になるのです。例えばそれが歴史シミュレーションでは「Europa UniversalisW」というゲームで、仕組み、システムから一からちゃんと設計されて作られているので、十分経済論などを立証するのにはそれを少なくとも検証するのにおいては十分使えるものとなっています。まぁ、それ以外にまともにシミュレーションに使えるものがなかなか世の中にはないのが事実でもありますが、少なくとも上記で紹介したゲームは基本的な軍事シミュレーションから経済・貿易・政治のシミュレーションまで歴史モノで幅広く使えるようになっています。上の話をまとめるとゲームは階層構造なためそもそも一番レベルの高いゲームをプレイすればある程度の全体理解はできますし、逆に抽象度の低すぎるゲームでは使えません。シミュレーションゲームそのものが十分使えるものであれば、そもそも経済論などの立証や検証はそれだけで、とはいかないかもしれませんが十分可能なのです。
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2016年03月16日

錬金術関連のwikiを作りませんか?

錬金術というと、現代の化学の前身だと思われる方も多いかもしれませんが、実は錬金術はちゃんと科学としての体系を備えたもの、あるいは使い方によってはどこまでも物質の力を引き出すことのできる、すべての基礎であり哲学だったりします。よく現代の科学を称賛するためか錬金術を〈時代遅れの遺物〉と称するメディアも多々見受けられますが、あれは大きな間違いです。錬金術こそ精神性と哲学、科学を一体化させたある種の科学としては完全体であり、すべての試行錯誤あるいは物質の基礎となり得るべき要素がふんだんに詰まったものなのです(高校の教科書までそれをむしろ蔑ろにする記述があるぐらいですから、日本は遅れています、落ちぶれています)。長い年月をかけて人類が積み上げてきたものを現代の科学の前身だとしてしまうのは、至って簡単なことですが、それは早い話、間違っています。そもそも自然や物質の世界を基礎的に基本的に理解するのには、系統・体系立てられたある意味宗教や精神性とも合一した科学と宗教性の合致したものでなくてはなりません。今の科学の発展は目覚ましいものかもしれませんが、そもそも今の科学的発展はむしろ平和な世の中になったので技術的産業的側面が追い付いてきた側面が大きく、実質の科学としては100年前のパラダイムがまだ基礎的な部分では続いています(情報技術的には新たなフェーズに進入したといってもいいのかもしれませんが)。ともかく、科学の基本的な部分では未だに錬金術の精神性が通用するぐらいですから、科学それから化学の基礎として錬金術を学んでおくことは十分に現代における私たちにとって価値のあることだと確信しています。そこで、ではありませんが化学としての錬金術の基礎や歴史についてひとつの箇体としてまとめるべく、seesaawikiという無料でできるウィキを利用してですね、知識をひとつのページにまとめようかと思うのです。もちろん書いている側は知識の整理になりますし、読んだだけ、さっと目を通しただけでも読む側は知識の整理やあるいは基本的な知識を獲得することにつながります。また、広義には素晴らしい化学の基礎である錬金術の知識、あるいは存在そのものを後世に伝える役割も兼ねています。我こそは、と思う方は是非この稿にコメントを下さい。もしくは興味がある、という方でも構いません。またご意見・ご要望などもお待ちしております。錬金術に興味のある方のご参加を、お待ちしております。
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2016年03月09日

政治科学について

政治科学(political science)とは、いかにその政治体制ができて、いかに政治が成り立つか、の政治の成り立ちとその体制あるいは統治について論じるための科学であり、例えばその根本の概念あるいは根底にある基本の考え方として「いかに少数あるいはその意見を政治に反映するか」というところにあると思います。つまり、少数の意見を政治に反映するための仕組みやその政治体制の構造についてが政治科学で、またそのために政治の成り立ちや政治体制について仕組みや構造などを分析して次に役立てるのが政治科学でありまた政治学の科学的側面だと思います。今ここであえて政治科学という呼び方をしていますが、政治あるいは政治学を科学的側面から観たのが政治科学で、それの分析が政治科学の学問としての主な作業である、というように思います。学問というより、学術的な側面と統計学的な分析の面、それから次の世の中をよりよいものにしていくための民生的な両面があるように思いますが、まぁ、要は学問と実学の中間だと思います。学問と科学の中間だとも考えられますが、科学とは学問の客観的分析とその検証などの分析的手法あるいはその精神のことをいうので、ここでは学問とより民生的、より実践的な実学の中間だというように思います。実学なら概念ありきの考え方なのでその文化的、精神的側面と仕組みや機構などの科学的実用性の両面から分析できるのです。また、歴史学と経済学、数学を混ぜてしまうような扱い方ではなく科学的に比較的論じられるもののうち特にシステムなどの仕組みから論じられるものと文化などの精神論などの両方から論じられるものでありまた実用性を伴っているため歴史学と経済学を合わせたそれよりも有用である、ということはまず言っておかなければならないでしょう。
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2016年03月08日

ゲームは「知識」がないと動かない

ゲームは、知識がないと動きません。こうして書くと、「なんだ、当然だな」のように思われるかもしれませんが、実際問題ゲームというシステムにおいてのそれはかなり大きな役割を果たしています。ここでいうゲームとは、交易・取引・経済・社会システム・政治などのほぼすべての特に社会的事象、あるいは行動科学と呼ばれるものにおいてのゲーム、物事の形式を指しています。世の中
ほぼすべての物事はゲームですし、ゲーム理論という数学の複雑系の一分野ではそれらがすべてゲームで解決できる、という解釈の仕方をします。世の中はスポーツと同じ、言うなればすべて「ゲーム」なのです。
ゲームは、知識がないと動かない、というように書きましたがそもそもそれをざっくばらんに説明してしまうと、ゲームはシステム、仕組み、入れ物だから、なのです。構造論が古くなって久しい世の中ですが、今だにゲームは世の中のシステムとして動作しています。システムがいけない、というわけではないのですがそもそもシステム論のそれシステムには限界があり、システムの中しか理解できない、そのものの中にしか通用しない、という論理上の欠点があります。それをほぼすべてを「ゲーム」とすることで(ゲームであれば、終わりがある、ということになります。システムに限界があることとそれがひとつのものである、と数えられることからもゲームという考え方は上手く世の中の仕組みを説明できている、と考えられます。)説明することに成功したのがゲーム理論、なのですがこれは「空」にもつながる考え方です。ひとつのものに始まりがあって終わりがそれぞれあるのなら、それはゲームであるし「そこにしかない」、という空の考え方にもつながります。空は仏教、哲学用語で、有と無を包摂する概念です。あるともいえるし、ないともいえる状態を表した言葉です。つまり、ゲームは世の中の事象を説明するのに最もすぐれたツールなのです。
ゲームは、システム、仕組みだからそのままでは動かない、ということなのですが、例えばこれは、ガソリンの入っていない(供給されていない)エンジンと同じ、です。そもそもある動力を得てそれを仕組みとして動かすのにはまずエンジンに当たる部分、あるいは動力源が機械にしろ、世の中の物事では必要なのですが、エンジンの場合でも燃料がなければ動力源を動かすことができません。まぁ、これは機械のエンジンの場合だとそもそもガソリンなどの燃料を燃焼して動くので当たり前なのですが、とにかく燃料が入っていないと(つまり動力源を動かす動力がないと)そもそも動力源は動かない、のです。世の中の仕組み、システムとしてのゲームにそれを当てはめる、と世の中の仕組みや大枠を理解するのには、ゲームを理解して始まりと終わりがあるんだ、という事を悟ればまずは十分ですが、その次に実際にそれに関する知識がなければゲームはシステムのまま終わってしまいます。まぁ、プレイヤーがいればそうはならないのがゲームなのですが、実際のサッカーの試合よろしくゲームの枠組み、システムだけでは当然試合の中身などはないわけです。そうなると、全体の大枠、仕組みを理解した後にもっと重要になってくるのは、中身の知識、つまりゲームを実際にプレイするための知識だったりそれに関する知識だったりそれを実際にプレイするのにはそれに関する知識、が必要になってくるわけです。となると、知識がないとそもそもゲームはプレイできないことになりますが、例えば交易のゲームでもそうです。電子ゲーム上で、いくら交易をしたからといって(例えばそういった完璧な交易ゲームが今の世の中にあったら、の話なのですが)そもそもゲームで仕組みを理解できても中身の知識は、実際の他の知識とゲームを撚り合わせて理解するか、それか最低限本で読むなどして実際の知識を得るしか方法がありません。電子ゲームの使い方としては、そうしてゲームの仕組みやパターン(はゲーム内で再現できるとして)と実際の知識などの断片的な知識を撚り合わせて理解するしかありません。そもそも、特に今の電子ゲームではそうですが、ゲームの役割は仕組み、枠組みを提供することだ、というような認識がされている気がします。そもそも、よほど個々の情報量を詰めないと実際の世界はシミュレーション的に再現することも覚束ないわけなのですから、最低限のシミュレーションとして交易を再現するのにはやはりゲームの場合は仕組み、枠組みだけあればできるわけです。あとは、時代や月日、場所などを特定する情報があればいいわけです。ゲームを動かすのには、知識が必要ということですがそもそもそこの「知識」とは実際の知識を指しているわけですから、ゲームのシステムと知識の撚り合わせというよりは、むしろ実際の知識がいかに多く豊富にあるか、ということが電子的であってもゲームを上手くプレイする(あるいは理解する)というのが必要になってくるわけです。実際の他の世の中のゲームでもそうですが、実際の中身の知識があることが、仕組みを理解することだったりゲームをプレイするのには必要になってくるわけです。そうなると、ゲームは中身の知識、あるいは知識だったり情報がなかったりすると、動かない。ゲームは仕組みだけで、中身がないと動かないわけなのです。システムがあっても、それの動力になる「中身の知識」がないとそもそもゲームは動かない、わけなのです。
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2016年03月01日

思考のコツ-形而上学的に考える

はい、今日は珍しく思考のコツ、というテーマなのですが簡単にいうと、どういうことかというと「困った時、判断に迷ったときに形而上学的に考える、ということです。形而上学(けいじじょうがく)的に、というのは例えば、こうだ、とある状態を仮定した場合にレベルの高い考え方をしたらどうなるか、ということを考えるのです。あるいは、抽象度が高い、ともいいますが(抽象度については脳機能学者の苫米地英人氏の著書を参考のこと)、レベルの高い、考えの視点の高い考え方をその選択肢においてしたらどうなるか、ということを考えると、よりスムーズに答えを導くことができます。一見、判断に迷って、十分な情報量が不足しているままむしろ形而上学的に、つまり考えのレベルの高い的にどうなるのか、ということを考えると割と判断に迷わない、というのはある意味矛盾しているようにも見えるかもしれません。ただ、ある程度の知識のある人ならレベルの高い考え方をしたらどうなるか、ということを考えるだけで自然とその場の状況に適した最適な答えが出るように人間の思考はできています。形而上学的に、というのは何か、ということが理解できないという方はアリストテレスなどの「形而上学」などを読んで頂くとして、とにかくそれを読まなくてもこういう選択肢のときにレベルの高い考え方をしたらどうなるか、ということを考えるだけで、自ずと最善の答えは導き出せるようになっています。ちなみに、状況的に最善の答えなので、自分の思う範囲あるいは想像し得る範囲で最善の答えかどうかは、分かりませんよ。それは日々思考を磨いていないと分からない話なので、まぁ習慣の問題としておいておくとして、問題は行き詰ったときに、どうやったらとりあえずの答えは出るのか、ということですので、今日の答えはこんな感じです。また、迷ったら直観で、というのもあるのかもしれませんが、どうしても比較的正確な答えが求められる時にはむしろ思考のレベルを上げることのほうが正確な答えを出すという点では有益だったりするので、迷った時には直観で、というのはどうしても二者択一で選択を決定できてしまう事項、いわゆるゲームの場合は直観で十分いいのですが、慎重な判断を求められる時にはむしろ思考のレベルあるいは視点の高さを上げる、ということが有益だ、ということを覚えておいてくださいね。
posted by skywalker at 10:48| 愛知 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする