2015年08月28日

ゲームの中で無意識になるには?(ゲームと無意識を統合するには?)

はい、いきなり複雑な内容ですが。今日はそんな感じです。
まず、やり方だけ簡単に説明すると、1.ゲームのルールに従う 2.ゲームの規則性、やり方に従う たったこれだけです。ルールを守って、規則性を守っていれば誰だってゲームの中で無意識になれるのです。通常はゲームは考え方の枠だからその外側でないと無意識になれないのではないか、と思いがちですがゲームのルールに従って、規則性、やり方を守っていれば誰だって無意識になることが可能なのです。まぁ、裏を返して言えば、ゲームのルールと規則性に従っていないと無意識にはなれません。たし算が出来ないと引き算ができないのと同じで何事にも順番があるのです。ちなみにゲームのルールと規則性に従っていればゲームの中でも無意識になれるのですから、とにかく考え方の枠が重要、ということです。例えばスターウォーズのゲームで無意識になりたかったら(フォースに導かれるには)、最初からルールに従って一から順に規則性を理解していけばいつかはそうなれる、ということです。ですが、最終的にそうなるからといって途中では必ずそうか、というとそうでななく、ゲームのルールと規則性に従うのがまず第一、というわけです。よくフォースやアクロバットは物理法則(ルール)を破っているのではないか、とも思われがちだとも思いますが、あれも完全に物理法則に従うことを選んだためで、浮遊やアクロバットなども全部物理法則の中で起こっています。無論、ゲームが設定されている物理法則の中で、です。それでも、物理法則には従っているのです。大事なのは、ルールや規則性を無視した状態で無意識、高みには登り詰められない、ということです。まぁもともとルールや規則性という「文字」は物理空間や法則の上にできていますから、まぁわざわざ当然というか破る必要性もないのですが、とにかく、ルールに縛られるな、かといってそれに従うことも恐れるな、ということです。ルールの上に新しいルールを作るには必ず既存のルールの上に、というか踏襲していないといけませんから、ルールを作る上でも同じです。必ず、ゲームのルールに従って、規則性を守っていないといけないのです。難しいことかといったらそうではなく、恐れさえしなければそこまで難しいことではありません。というか、逆にゲームの中で無意識になるためにはそれをよく知っていないといけないのです。ゲームの中で無意識になれるのは、そのルールをよく知り規則性を守っているからなのです。
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2015年08月21日

陸上戦闘の基本

というわけで陸上戦闘、要は陸軍同士での戦いの基本ですが、今回のは特に中世、陸軍の基本中の基本とも呼べる戦いにおいての戦い方、というか軍隊の動かし方の基本について、です。基本的にゲーム理論によって書いています。なのでゲームの基本は常に一対一に置いていますし(ゲームを極めるとそうなるのです)、個々の細かい行動パターンなどのゲームは置いておいて陸軍全体の動き、特に陣形を組んで広い場所などで一対一で正面から戦う場合の戦いについて書きます。この戦い方は中世に特に顕著ですが、まだ武器が剣やパイクなどの白兵武器だった頃の時代の話で、一見完全旧式のようにも思えますが、ゲームの形態としてはこれ以上象徴的なものはなく、また至ってシンプルです。あるわけありませんが実際にこれをまたやると悲惨なことになりますが、ゲームの上の図上演習でならゲームの検討には十分役に立ちます。サッカーや剣術などのスポーツのゲームのほうがゲームの検討にはちょうどよいのか、と思われがちですがゲームを測る上である程度重さがないといけません。しかも、実際にそれをやるとコストが膨大になってしまうので、シミュレーションゲームなどで中世の軍隊を動かすゲーム、が一番ちょうどよくなるのです。今回のは基本的にそれベースで書いていますが、実際の軍隊同士での戦いにもある程度は当てはまることですので読んでいただいて損はないと思います。また帆船などでの艦隊戦にも概ね当てはまります。まぁ基本中の基本ですのであくまでこれも一例と思って読んでいただければいいと思います。それでは、最後までお付き合いくださいますよう。

陸上戦闘、陸軍同士での戦い方、またほとんどどんなゲームにも当てはまりますが、ゲームの基本は対陣、そして両翼に兵力を分散することです。一対一のセオリーが正しければ中央に一点集中させて、突破するのがもっとも効率よくなるのですが、中世においても剣盾やハルバート(斧槍)、パイクなど中央に突撃をかけて突破できないようにはとてもではありませんがそうなっています。まっすぐ突っ込んでもパイク(槍などを並べて突進できないようにする防御陣形)が当然のように待ち受けていますし騎兵では当然餌食です。もたもたしているうちに矢の雨が降ってきますし騎兵ではというとさっき書いた通り槍でパイクされます。なので従って、中世の陸上戦闘での基本は歩兵を以て対陣し、騎兵を両翼に配置して機動性の高い騎兵で両翼から攻める、押し上げるフランキング(flanking)という戦術が基本になってきます。軍隊の一陣形もフランクといいますし翼という意味です。中央から突撃しても意味ないので、サイドの両翼を押し上げて敵の側面を突く戦法がセオリーになってくるのです。この時ほとんどの場合で騎兵が用いられますが、矢の雨をかいくぐる意味もあります。両翼の広い範囲からすばやく横に突っ込まれると当然対応できませんから、その分有利になるという寸法なのです。ただ、これは戦術の基本中の基本で、当然相手も両翼に騎兵を配置していますから、当然フランキングを使っても勝てるかどうかは分かりません。ただ、パイクしてくる歩兵相手の大群に突っ込んでも当然勝てるかどうかは分かりませんし、ノロノロと進軍して矢の雨を受けるのも当然御免なはずですので、やはりフランキングで両翼から騎兵で急速に進軍して敵軍の側面を突く戦術が一応もっとも有効になってくるのです。これは相手に騎兵がいてもいなくても有効で、フランキング時に相手の騎兵を潰した場合でも、もともといなくて上手く側面を突けた場合でもどちらでも有効になります。もっとも元々重装備で何千という大群で対陣しているのに真正面から騎兵で突っ込むというのもおかしな話なのですが、まともに突っ込んで勝ち目がないことは分かっているので両翼から騎兵を進軍させて側面を攻撃するというが一応のセオリーになるのです。ちなみに、ある程度敵を押し込んだか痛めつけた場合は歩兵で堂々と正面から進軍していって結構でしょう。多少の矢の雨は受けますが相手は側面を突かれた上弱っているので多少の数の差があれどいえとも勝てます。この時敵本陣か弓兵隊を側面から潰せればより効率的に進軍できます。こうなるともう勝ったも同然で勝てなくても相手に畏怖と敗北感を植え付けることはできるでしょう。ともかく、敵の防備と攻撃の堅い中央正面を突撃するのは愚行というわけで、戦いの基本は両翼のサイドから機動力の高い部隊で戦線を押し上げる、そして側面を攻撃するといったようなのが基本になってくるわけです。どちらにしろ、敵は側面に対応するのに部隊の向きを分けなければいけませんから、当然中央の防備にも隙ができます。側面攻撃である程度敵を弱らせたら歩兵を中央から進軍させて三方向から攻め込むもよし、ある程度前線を上げて矢の雨を降らせるもよし、ですがとにかく側面攻撃→正面から押し上げ→中央に戦力を集中させる、といったような戦術が基本になるわけです。海戦にも同じようなことが言えますが機動力の高い艦船で両翼を押し上げ、側面を突いたら正面から重火力・装甲の重量船で中央を押し上げて、敵を正面にて殲滅するといった手法が取られます。もっとも、これらのどの方法も戦力あるいは質が敵をある程度十分に上回っているときに取られる方法で、戦力が拮抗していたり勝てるかどうか分からない戦で戦うべきではないのは明白です。この方法がまずいのではなく、そもそも拮抗した状況で戦ってはいけない、ということが言いたいのです。戦争というか戦いのそもそも中のそもそもの基本は、まず絶対に相手に勝てる状況を作るために戦力を配分・配置したりするところから始めないといけないのは当然で、戦争が始まって戦う前に戦果は決まっているというのは明白だ、ということをまず言っておかなければなりません。今まで散々に陣形について説明してきましたがこれはあくまでも万全に戦うための方法というか基本で、実際のゲームとしてはまず戦う前に必ず勝てる状況で軍隊をぶつけるというところに終始します。戦いやそれの戦果というのはあくまで結果であり、戦争の目的は相手も味方も傷付けずに勝つことにありますから、(それに失敗すればどうなるかは誰もが歴史が知っての通り)ゲームの根本の大元の基本としてはまず勝てる状況で敵軍にぶつけるということに終始しなければならないのです。よく少数が多勢を破ったなんて逸話も聞きますがあれは敵軍が油断している状況で相手の不意を完全に突く形で戦いを始めたから勝てたのであり、もっともまともに正面からぶつかったら勝ち目なんてないのは最初から分かっていた話です。少数が多勢を破れるのは戦いを始める前のゲームにおいて上手かったからであり、実際に戦いが始まってから後はやはりほとんど戦い方に差はありません。とにかく、万全に負けない戦い方をするのが重要で、相手を倒すための戦いではないのはまず知っておかなければなりません。もっというと正面から突っ込んでいくのは愚行で、常に相手を分散させて隙を突く戦術を取るべきなのです。
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posted by skywalker at 16:19| 愛知 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月01日

包括的関税協定は無意味。

経済的にいって、包括的関税協定は無意味、です。TPPもそうですが特定の関税や品目を優遇する関税協定というのは(FTAなど)そもそも2者か3者間でのみ有効なものであって、それが世界でも主要な国は36くらいしかないわけですからそのうちの6〜12くらい入ってしまうTPPなどの包括的関税協定は無意味です。なぜかというと経済学的な、あるいはゲーム理論的な話1000、2000と国や地域があるなあら別ですがしょせん国が120〜200くらいしかない状況で包括的に関税の優遇協定を結んでも、意味がないからです。このような手段で儲かるのは、多国籍企業だけです。いろんな国に債権や設備を持っている会社は、関税協定やとにかく取引や売買などがちょっとでも有利になる取り決めや決まり事などは、有利に働くのです。逆にドメスティックの企業など一国内の取り決めや法律に従う会社は包括的関税協定などによっては恩恵を受けにくく、逆にその当事国内での景気や経済事情などでの影響を受けやすい傾向にあります。では、ここから何が言えるか?数か国に設備や債券を持つ多国籍企業では、とにかく政府やお役人、既存組織などの既得権益が有利になるような一方的な法律や内々の取り決めなどが有利に働き易いのです。逆に、本来であれば経済を成長させるはずの景気や経済の回復、インフレなどは有利に働きません。他の会社が元気になって、競争相手がでてきてしまうから、です。ゲーム的にいえば、2者や3者での関税協定は、その当事国には有利に働きますがそれが6も12にもなってしまうと、関税協定そのものが無意味なのです。まぁ、本当のことをいえばTPPですら日本をターゲットにした米国と日本の一対一の“包括的”関税協定でもあるわけなのですが、名目上は6〜12か国以上入っている包括的な関税協定は無意味です。最初にも書きましたが入っている対象が多すぎるので、そもそもゲーム的にも数理的にも意味がないのです。包括的にその地域のルールを決めるならまだしも自由なはずの貿易や取引ですら、市場原理、市場の自由という名の“あえて”その名の付いた包括的な関税協定を結ぼうというのですから、危険なことこの上ありません。なぜ危険かというと、そもそもTPPは米国政府の意思ではなく多国籍企業や官僚などの“既得権益”によって“勝手に”作られたもの、だからです。当然闇の権力に有利なように作られています、から(ここで闇の権力がどうのこうのについてはいちいち言うつもりはありませんが)少なくともそこでは市井が恩恵を受けられるものではありません。まぁ、この稿は主にゲーム的に数理的に包括的関税協定というのはどうなのか、というフォーカスポイントですから、ここではその説明に終始することにします。言っておきますが、6〜12か国入る包括的な関税協定は無意味ですし最初からそれは一勢力が一勢力を搾取するための闇の取り決めに過ぎません。ロジック的にも最初から一国が一国を狙った(あるいは一者が一者を狙った)暗黙の法律であるとすれば理解できますし(というか、理解してはいけないのですが)そもそも一国の議会を通さない根拠無実な(しかも多国籍企業や官僚のみでの取り決めの)暗黙の取り決めを認めてはいけません。しかも、それを否決する議決権が私たち国民や市民にあればいいですが、今のところ日本ではまるで国民が主権それを持たないかのような裏舞台での進行で取り決めが為されていくかのような吹聴があります。こういう事態に対してはまず国民が知ること、それから当事者意識を持つこと、多数決の原理を持てば議会を通じて否決できるのだということ。まずそういった意識を持たなければいけません。メディアなどをまともに見てしまうと、当然議決が無意味であるかのような民主主義を否定するプロパガンダ、洗脳を受けてしまいますが、そもそも議決権など民主主義は私たちのものだ、テレビなどメディアは利権側が洗脳をバラ撒くものだ、という意識をまず持たなければなりません。大抵のテレビなどを見て洗脳されている人はまず自分がそうだという当事者意識を持っていないでしょうが、(それが洗脳なのですから)yahooですらテレビの洗脳で満たされている状態です、大手の既得権益メディアによって無意味な、無為な報道が幅を利かせている状態です。そういうところにまでまず洗脳が及んでいるという現状をまず認識しなくてはなりません。もちろん、googleなどの大手の検索システムなども洗脳や監視などと無縁かといったら、そうではありませんからまず気を付けなければなりません。ただ、重要なのは洗脳や統制、監視などは必ず国家などでもなく一部の既得権益、闇の権力によって行われていますから、誰かが仕掛けたもの、であるということをまず認識しなくてはなりません。「誰が仕掛けたかも分からない、得体のしれない不気味なもの」という印象でいってしまうと、どうしてもそこからの洗脳を抜け出すことはできませんが、必ず幻想やイリュージョンには仕掛け手がいるわけです。イリュージョンの場合は大抵無害なので影響はありませんが、利権によって仕掛けられた幻想はとっても危険です。私たちの見る目も無くしますし、聞く耳も無くします。ただ、体に手と足が付いているだけ、そんな人間にはなりたくはないでしょう。いや、もうそうまでなると人間とも呼べないかもしれません。意思統制判断の機能を奪われてしまうのは、私たち人間にとってもう人間ではなくなることそのものを意味しています。どんな形であれ、一部の利権の手によってそういったふうにされてしまうことはまず避けなければなりません。そうなると、私たちに必要なのは当事者意識です。まず当事者意識を持たなければ、私たちにそれを解決する術は残されていません。それから、そういうのと真摯に向き合い、解決していく姿勢こそが重要なのです。人間は、誰しも無力ではありません。不可能と思うことが、可能だったりするのです。問題は意識で、思わされていることに騙されてはいけないのです。
posted by skywalker at 11:39| 愛知 | Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする