2017年09月04日

でんごんばんのへんしん・おうとうよう

でんごんばんのへんしん・やりとりようにつくったぞ。でんごんばんにかんするないよう、へんしん、それにたいするおうとうはこちらでする。でんごんばんは、しようじょうれんとうできないので、れんぞくしたやりとりにはむかない。あまりとうこうするとはんざつになるし、なによりつかいにくいから、こちらにへんしん・おうとうようのえんとりをつくった。
また、そのためっせーじや、ほかのやりとりなんかもかんげいだ。たんに、ようぼうとか、かんそうとかでもいいぞ。また、ざつだんなんかでもおーけーだから、こめんとらんのゆるすかぎり、つかえる。では、ごじゆうに、どうぞ。とりあえず、なまえと、ないようだけは、しっかりかいてくれ。でないと、つかいづらい。
うまったら、したのほうからさがしてくれ。たぶん、あげとかできるんだろうが、やりかたをよくこころえないから、しかたないのでしゅどうでたのむ。まぁ、なにかあったら、みぎこらむのでんごんばんのほうでいいので、いってくれ。きづきしだい、じゅんじたいおうするぞ。
続きを読む
posted by skywalker at 16:32| 愛知 ☁| Comment(0) | でんごんばん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

交易相場の秘訣-最初から今まで(自ブログ転載)

交易相場とはある地点(主に街や村)とある地点を結ぶ物品交換である交易において、ある地点の市場のそれら物品の価格や交換レートを、実際に交易する際の売買や交換の目安となる交易の相場として見た際の若干抽象化した用語です。まぁ、要は交易する際のその参考にする相場あるいはもう一段階抽象的にそれら相場をみた際の市場全体での取引を俯瞰した、それらを想定した交易の相場を指す用語になります。早い話、交易をする際の物品の売買や交換レートあるいは取引全体の現況を指している言葉、なのですが例えばゲームであれそこで交易する人にとっては交易相場というものはたった基準価格から数パーセント動いただけでも物品の単価によっては大きく利益など成果に影響するもので、とっても重要なものなのです。また、その数パーセント動いたというその相場の上がり下がりのバイアスだけでも、今後その他の品目も含めてどのように変動していくのか、ということを想定すると、どの物品が連動してどの物品が単独の動きをするのか、といった要素も大いに関係してくることが分かります。つまり、相場というものは色々な要素が混ざり合わさって現況の交易相場があるものなのであって、その個々の品目や価格変動の何パーセント動いた、というバイアスだけでも複雑な要因を統合的に考慮すれば誰でもその後の相場の動きや大きな変動などの相場の「読み」をすることが、可能であるわけです。つまり、相場の動く要因をつかめれば誰でも相場が読める、ということなのですが(例えばの話、みんなが相場が読めてしまったら、特にそのプロで取引する人達は困るじゃないか、という意見もあるかと思うのですが、それはそもそも交易の成り立ちの話にもなりますが交易がそもそも中世近世を通しては主に海路を通る帆船で大きな取引が行われてきた、ということそしてもうひとつは、その移動や商品の積卸を含めた「取引」には何日もかかるといったような間のインターバルの時間、が常にかかったということを考慮に入れなければなりません。そうしたインターバルの時間がかかるから、こそ交易相場がある程度皆に読めてしまっても次個々が特に各々の自分が主体的に取引するまでに何日あるいは場合によっては数週間かかったりするわけで、その間にそれら要因を含めた交易相場にまつわる様々な要因で相場は動的に変動し得る、のです。つまり、「間の」動く時間があるからこそ、例えほぼ全員が相場が読めていたとしてもその間にそれら要因を含めた要因で相場が変動し得るので相場を基準にみた取引にはなんの影響もないわけで、そういう意味では交易相場もひとつの大きなゲームである、ということは言えるのかもしれませんね、話を戻します。)それは皆が相場を読めていても個々の要因で個々の売買でそれぞれ相場が変動し得る、という交易相場あるいはその地点全体での交易がひとつの大きなゲームのようなものである、ということをまず言っておかなければなりません、つまり、皆がルールを知っていてあとはその移動に何日かかかるの前提でそれら個々の売買で相場が変動するのを前提で誰が一番いい相場で売れるのか、というのを簡潔に見れば競っているわけなのですかあら、当然ある地点における交易相場そのものがひとつの大きなゲームである、という見方が非常に出来る、と思います。ちなみに、ある地点と書いたのは交易相場、つまり市場、大きな取引の中心地のある場所それぞれで交易相場は常に違い、しかもそれらが互いの要因の影響を受けながら上手く相互作用的に連動して動いていくため、交易相場といっても地点毎にまったく相場は違うわけです。まぁ、もちろんトレンドや流行による連動性は時代によっては確認できるわけなのですが、それも大きく見て同じような地方にある場合だけですし、そもそもそういった大きな地域で見た際の市場毎の交易相場の連動性を、グローバルな市場、視点、あるいはそれらにおいて常に自分たちの利益を最優先することを、グローバリズム(特に市場グローバリズム)、ともいうわけです。まぁ、今の話はこれくらいにしておいてまた中世近世に戻りますが、交易相場そのものはある地点においてはそこがその地域の大きな交易の中心地である場合はそれ自体それそのものがひとつの大きなゲーム、であるわけです。それが、ひとつの大きなゲーム、だとするとゲームには必ず大きな変動する要因、が必要になるのでそういう意味では(さて、これが今回のひとつの大きな答えですよ〜)ゲーム、交易相場そのものは「フラグ」で動く、ということです。フラグ、というのは何か物事が動くときの、論理的きっかけ、のようなものを指す言葉なのですが、交易相場は何かフラグが起こる毎に大きく変動します。つまり、多かれ少なかれ交易相場をコントロールしたい場合はその交易相場に対するフラグをコントロールすればいいわけで、歴代の利権あるいはグローバリスト達、まぁ要は支配者層ですね〜はその交易相場に対するフラグ、イベントをコントロールすることで市場をコントロールしてきたわけなのです。なんせ、自分たちが支配権を握った上である地点の交易相場をコントロールしてしまえばその地方は押さえてしまうことができるわけですし、もし、そこが世界貿易的に見て重要な地域であれば、当然、その地域からあげくには世界をコントロールできでしまうことになるわけなのです。まぁ、これが近代の市場経済的グローバリストなどの典型的な、というかもっとも基本的なやり口、なのですが、まぁここでそれにとやかく言うつもりはありませんが、とにかく交易相場、そしてそこで起こるフラグ(出来事)をコントロールできてしまえば、誰でもその交易相場、あるいはその市場をコントロールしてしまうことが、可能になるわけです。まぁ、こういうと大抵の人は空恐ろしい印象を受けるのだとは思いますが、じゃぁ、そこで支配者層とは関係のない割と普通の人々が何をやったらいいか、ということになると、何かというとその相場のフラグを知って、それら交易相場の変動を読み、そしてそれに付いていく、ということなのです。グローバリスト云々で言ったのは市場を自分たちでコントロールしてしまうことによる市場全体への悪影響の度合いの話で、決して相場のフラグを知りその交易相場全体を「意識的に」コントロールしてしまうことは悪いこと、ではないのです。意識的にコントロールする、という話はスポーツをやっている人であれば普通に分かる話なのですが常に自分の体や場、その全体をコントロールすることによって一番いい動きを引き出し、最適な結果を得る、という「意識的な」動作はスポーツには不可欠なもので、まぁ、要はそれと同じで交易相場を把握してそれらを意識的に、意識の上でコントロールすることは至って普通のこと、なのです。つまり、要約しますとそれら交易相場の把握にはそこにおけるその出来事、フラグを把握することであって、それができれば交易相場なんて赤子の手を捻るぐらい簡単に把握できるものである、ということがお分かりになられると思います。つまり、フラグを知れば交易相場は簡単に把握できる、ということなのですが、例えばそのフラグとは食糧不足や不作、疫病、好景気、不景気、戦争、あるいはトレンド、流行の底だったりするのですが、とにかくその交易相場における出来事を知ることができれば、その市場を把握し自分の意識の上でコントロールすることができるようになる、というわけなのです。まぁ、それを支配者層で、自分たちだけで意図的に、しかもそれを世界規模でやってしまうのが、近代におけるグローバリスト、といったところで、まぁ、端的にいえば要はそれを行う規模の違い、だけがあるのであって、倫理面でみれば単に、概念の取り違え、あるいはちょっと考え方を間違った、というところであるのです。まぁ、この話はこのあたりにしておきますが、要は交易相場はフラグを把握すえば変動が読める、ということなのです。ちなみに、なんでそこに行きついたのか、という理由について簡単に説明致しますと、そもそも交易相場、あるいは相場というものが原初はどういうものだったのか、ということを想像致しますと、ですねぇ話は太古の昔、原始時代に戻るわけなのですがそもそも通貨などが無かった時代に、どのように物品が取引されていたのか、ということを考えますとやはり大きな石や貝殻などが貨幣として物品の交換の仲立ち、あるいは物々交換の間の埋め合わせ、として機能していたわけなのであって、要は、そうして物と物同士を交換していた時代では等価交換である必要があるわけなのですから、ということはそれそのもののレートは中世近世における物品の単価なのであって、交易相場の相場、というものは実は通貨など特に金属の貨幣が登場してから大幅に変動するようになったもの、なのです。これは、その貨幣の総取引量そのものが物品の取引相場を変動させているから、というようなインフレーションで説明できないこともないのですが、まぁそれは本稿の主旨が変わってしまうので置いておくとして、端的にいえば実際には金属のものなど貨幣がその交換の仲立ちをするようになってから貨幣に対する物品の単価の変動をするようになったので(まぁ、これでも結局上記の説明のものと一緒になってしまいますが)早い話金属などの貨幣が登場するようなってから物品の単価、つまり相場は上下するようになったのです。また、これには少なからずとも帆船など交易のツールで少し離れた街同士でも交易路で結ぶことのできるようになったことも関係しているわけなのですが、とにかく物品のその交易市場における過不足、あるいはその交易相場における貨幣そのもの総量での物品に対する貨幣の価値など、そういった意味での貨幣的要因によって交易相場が変動するようになったのであって、それまでの、特に金属のものなど正式な貨幣が存在しなかった太古の昔などでは、あまり交易相場というものは存在しなかった(まぁ、困ったときはお互い様で何とか助け合いましょう、というのもあったのかと思いますが)、少なくとも大きな変動、あるいはそれも意図的な相場の大きな変化はあまり起こり得なかったのではないか、ということは推測できます。まぁ、正式には通貨や貨幣が存在しない以上、例えそこでの支配者層の人間でもその交易相場そのものを意図的に操作するまでのプレゼンスは得られなかったのではないか、ということが推測できるのが主な理由なわけなのですが、ともかく貨幣そのものがあまり存在しなかった時代には交易相場、というものは存在しなかったのではないか、というように思います。つまりここでの論では金属のものなど貨幣が登場するようになってから、それに対する価値の変動で(そもそも基準となる「通貨」がなければ100%を基準とした交易相場の判定そのものが、あり得なくなってしまいますからね)交易相場が正式に登場するようになったのであって、それまでの金属のものでない貨幣しかなかった時代では、交易相場というものは例えばあるとして100%基準の五分〜二割程度、つまり±5〜20%程度の状態で始まった、といえるのではないかと思います。つまり、原初の状態では交易相場は±5〜20%程度の生物学的根源的な普遍的物質価値の差(要は地球上における人間などの生物が比較的採取可能な資源の総量のこと)があるだけで、それは生物学的なものですから多少のそれらの差異はあるとして、根源的には100%、つまりゼロの状態から始まった、といっても過言ではありません。まぁ、それは一度始まって現代に至るまでしてしまえばどうでもいいことなのかもしれませんが、逆に全てがほぼゼロの状態から始まったのではないか、といえるということは、それらがほぼ全て何らかのフラグ、つまり出来事によって変動してきたのではないか、ということは普通に平気でいえるわけです。まぁ、細かい説明は、ここまでにしておきますが、交易相場とはフラグによって変動する、ということともうひとつは、それら交易相場が原初はほぼゼロ、つまり基準価の100%から始まったのではないか、ということを覚えておいてほしいと思います。それでは、失礼します。またー。
posted by skywalker at 15:44| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月15日

季節ごとの帆船の航路と風向きの関係 覚え書き

帆船の航路は、概ね夏は右回り、冬は左回り(航行に三角帆を用いる場合も含む。三角帆は横風または斜め逆風の航行に使われる)。大抵、夏は陸の風が起こる地点から、冬は極地方から風が吹くため。yingyangtu.jpg
posted by skywalker at 14:34| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ・覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

各種wiki続々更新しています〜(wikiの紹介と内容のご案内)

交易品大全wiki、中世・近世ヨーロッパ歴史研究考証wiki、および錬金術wiki、続々更新中です〜。内容の増刷はまだなのですが、掲示板など補助機能や細かいところでやれる時間にちょくちょくコンテンツを追加していっています。中世・近世のほうは割と一日多い時で5〜8人ほどの方が足を運んで下さっているので、この手のwikiとしてはまぁまぁ盛況、といったところなのですが、交易品大全wikiと、錬金術wikiのほうは(昨日は交易品のほうは4〜5人まとまって足を運んでくださったみたいなのですが)普通の日はほとんどといっていいほどアクセスがありません笑 一人来たかな、と思ったら前日のその確認のために自分で踏んだPVだったりする状況なので、訪問者を増やしたい、というよりはどちらかといえばwikiとしての、というかコンテンツとしての内容を拡充したい、という思いが強いので、そういう意味では編集者やあるいは読者としての皆様の参加を心待ち、にするばかりです笑 まぁ、よほどの知識がないとそもそも編集者としていきなり参加するのは難しいと思いますので、掲示板や読者としてのご参加を心待ちにしているのですが、どこかにリンクを置くわけでもなく全く宣伝活動をしないのでも、読者が一向に増えるはずはありませんから、まぁ、ちょっとは宣伝をしようかと思うのですが、まぁ何も紹介しないでもよく分からないままだと思いますので、宣伝がてら少し紹介したいと思います。


中世・近世ヨーロッパ歴史研究考証wiki

まぁ、こちらはさして紹介しなくてもタイトルで大体内容が想像できるかと思いますので、適当に紹介させていただきますが、中世・近世の特にヨーロッパ史を中心に、その歴史の研究(再研究ですね〜)とその考証を同時に、やってしまおうというコンセプトで、このwiki群の中では一番最初に始めさせてもらったものなのですが、大体内容は中世・近世ヨーロッパ史とそれに関するコンテンツ、特にこちらのwikiではその歴史の研究と再考証をシステム的な論理、つまりゲーム理論を用いて主にゲーム的分析・解析をすることによって明らかにしよう、という主旨でやっているので、主にその歴史の主たるシステム(構造論的に見た場合の)や政略や駆け引きについてゲームの区別や種類によって主に区分、コンテンツページを作っています。つまり、特に中世・近世の政治や国の統治に必要な要素をゲーム的区分や駆け引きの種類によって区分しているのですが、例えば戦争も選択肢に含めた戦略のことだったり、あるいはその戦争にまつわるその下準備などの政略的なものだったり、法と国のシステムなどの統治システムに関することだったり、また戦いそのものの戦い方や兵の動かし方についてだったりと、ゲーム、駆け引きの種類別・毎に区分しているのですが、現状をいえば基本的な支配システムや法による統治のシステムの部分、あるいは国同士の政治的駆け引きの稿の部分が、一向に足りていません。戦いのその実際の戦い方や戦争を通じての戦略的駆け引きの稿などについては、もう十分結構種別が埋まってきているのですが、支配や法による統治システムの部分となると、必ずといっていいほどシステム論が必要になるので、法や支配・統治システム、あるいは法学に詳しい方に編集にご協力いただかないと、おそらく一向に進みません。まぁ、別に進まなくてもいいのですが(いずれ編集を続けていけばそのカテゴリに行き着くと思いますので笑)コンテンツとして不備があると、どうしてもwikiの価値としては横ばいになってしまうので、そういう意味ではもしお時間のある方で法や支配・統治システム、あるいは政治など国の駆け引きなどのシステムにご興味・関心のある方がいましたら編集にご協力を願いたいと思います。別にこれといって何かをしていただくわけでもなく、要望や指摘などを扱う掲示板もwiki内にございますので、そちらで何かしら書き込んでいただいて内容についての指定や何か一言いただけるかすればあとはこちらで適当に体裁を整えて稿にしますので、そういう意味でのご参加もお待ちしております。また、元々中世・近世のヨーロッパ史にご興味のある方で、編集に興味がある、もしくは参加されたい、という方がいましたら是非歓迎致しますので(必要なことといえばSeesaaID(要メールアドレス、無料)の登録だけです)お時間のある方のご参加、お待ちしております。中世・近世〜に関しては以上なのですが、そういったあわよくば学問関係、あるいは歴史のことに関していえば、主宰者一人だけではなく、そういった方面に趣向のある、あるいは精通された方々のご意見や何らかの形でのご参加は必ずといっていいほど必要なので、そういう意味では、もし我こそは、と思ってくださる方がいましたら、ご参加のほど検討宜しくお願い致します。さて、次に参りましょうか。


交易品大全wiki

こちらは、中世・近世〜のものと似てはいるのですが、中世・近世〜の方が歴史の政治・統治システムや戦略的な駆け引きについての稿が主だったのに対し、こちらは、その名のずばり「交易品」がメインコンテンツのwikiになります〜。交易品というと、あれですよ、貿易に使う、あれなのですが、その歴史的に貿易や交易の商品として扱われる「交易品」に関してのwikiなので、それについての稿中心、あるいは事典機能も兼ねていますが、そういった大全的なコンテンツを目指しています〜。なぜ交易品になったか、というとこれは後程紹介しますが錬金術、も深く関係していて、とあるゲームをやっていて錬金術の四大元素(火・水・風・大地)と交易品のその属性が、いたく関係していることに気付きまして、早い話四大元素的に相性のいい組み合わせが、まぁそのゲームは帆船で交易品を運ぶゲームなのですが、交易品の組み合わせ方や捌き方に非常に深く関係している、ことに気付いたのです。要は相性のいい属性の交易品同士であれば、ある一定の決まった交易路で相場的にも利益が出やすいことに気が付いた、のですがそれが何故か、といえば単純な話交易品といえどモノとしては物、あわよくば生産品なので、物の加工の基本である錬金術的観念からしても、四大元素の組み合わせで成り立っている、と考えられその四大元素の組み合わさり方は基本的にその相性のいい属性同士の組み合わせ(モノの成り立ちの組み合わせ方からして)で成り立っているので、これは陰陽五行などの考え方も入りますが、その特にひとつかふたつの属性を強くする組み合わせが、交易においても利益を増幅させる組み合わせである、ということを発見したのです。まぁ、要は交易品も適材適所で四大元素的に適当な組み合わせにしておけば、比較的相対的に利益が出やすくなる、ということなのですが、もちろん四大元素そのものがそもそもこの世のほとんどの物質を火・水・風・大地のどれかあるいはそのどれかの組み合わせによるものだ、と分類したものだからであって、その四大元素の一属性それぞれにも意味というか役割的ニュアンスがありますから、属性それぞれにも意味がある、ということです。つまり、その属性が生かされるように交易品を配置(つまり、ある都市からある都市へ、あるいは地方から地方へと運んだ場合に)したのならば、当然その属性的に、というか自然の法則のシナジー(相乗効果)を得られるので、当然人間の文明にも好影響があるだろう、そして四大元素的にも非常にバランスが取れているし、そうすることによってさらに人間の生活にとってプラスになる(交易における利益=お金においても四大元素的なエネルギーの差し引きの結果その場においてプラスをもたらしたからお金に変換されたとも考えられる。ちなみにお金は火であるし、通貨的な見方をすると風とも捉えられることもある)とも考えられるので、そういう意味では四大元素的な組み合わせが交易品においても非常に影響してきている、と考えられるわけです。まぁ、交易品大全wikiではそういった四大元素的分類、事象を含めて事典化することも目的としているわけですが、そういった交易品の事典を作るに際しても、その方面に造詣に深い方、あるいは色々なものを通じて単に興味があるだけ、でも結構なのですが、そういった方のご参加が欠かせません。直接編集にかかわるやり方以外でも構いませんので(もちろん、こちらも要望だとか指摘の掲示板は用意しています)皆様のご参加を、お待ちしております、ということです。単に閲覧するだけ、だとかコメントするだけ、等読者としてのご参加でも大歓迎なので、そういった意味でご参加してくださる方を、お待ちしております。


錬金術wiki

こちらも、名前からして思いっきりそのまんま、なのですが錬金術についてまとめることを目的とした、wikiになります〜。もちろん、同じようなルーツを持つ魔法・魔術についても紙幅というかコンテンツを持っているのですが、どちらかといえば実際にあった錬金術のことがメインで、それらの知識を網羅した上で、アニメやゲームなどのサブカル作品のそういった「知識的にはあり得るけれども、実際の今の物理空間じゃ実現不可能なこと、許されないこと」の解明(まぁ往々にしてそういった事象にも何らかの根拠があるものなのだが笑)と、そしてその情報的知識との融合、を目論んでいます笑 つまり、医食同源、ではありませんがコンテンツやモノが違ってもそのルーツを同じとしていれば必ず融和する部分はあるはず、というのが主な考え方、なのですがそれぞれに共通する法則性、のようなものを見つければ必ずやそれらは知識として融合する、という考え方、なのです。まぁ、実際にあった錬金術もアニメやゲームなどのサブカル作品であるようなことも同じ知識の体系で解説可能だ、と考えているわけなのですが、基本的には錬金術の基礎から実験的応用、さらには発展的利用法、まで網羅できたらなぁ、とは思ってはおります。ちなみに、錬金術の基礎は押しても引いても陰陽と四大元素(陰陽五行も東西の違いはあれど似たようなもの)であるので、解説しておこう、と思うのですが四大元素は交易品〜のところで書いた通りで、自然を構成する主な四元素、といったところで、陰陽は古代中国の「陰陽」のところを直接引いていただければ分かると思うのですが、錬金術にも同じような概念があり、そういう意味では東西どちらが先にしろ考え方の根本は似通っている、ということは言えるのです。(もちろん、中国にも五行という四大元素とほぼ一緒の考え方も存在します。)錬金術に関していえば、空飛ぶ絨毯であったりホムンクルス(実験過程の人工生命体)、卑金属を黄金に変える賢者の石、であったりと色々な逸話が、あることないことがあったりするのですが、それでもその大半は実際に歴史上に存在したもので、しかもその錬金術自体が、東西で何故かかなり似通った考え方をしていることも含めてそもそもそれ以前の同一の超古代文明から受け継がれたものである、というものまでその手の話になるとまぁ話は尽きないわけなのですが、そういった傍目に見れば眉唾物的なものまで知識として網羅できればなぁ、とは思っています。しかしながら、こちらもそういった方面に造詣の深い方の支援は必須ですし、何より編集する側でも読者側でもいいのでとにかく参加者が必要なのです。まぁ、単に興味がある、とか前ちょっと聞きかじっただけだけども面白そう、といったものでも結構ですので、皆様のご参加、お待ちしております。尚、こちらのwikiでも要望やご指摘といった口出しだけ用の掲示板もございますので、お時間のない方でも気軽にwikiに参加していただける内容となっております。まぁ、参加してくださるのはお時間のある方だけで結構なのですが(そこまでして時間を取る気はありませんので笑)そういう意味でも、ちょっとでもその方向に趣向をお持ちの方はご参加をご検討ください。お待ちしております。ということです。

この稿に関しては以上ですが、このようにまだまだ内容の薄いwiki共々ではありますが、興味をお持ちの皆様のご参加お待ちしております。興味だけあってほとんど何も知らない、というのでも結構ですし、ある程度知っているけど、他の人と研究するのはちょっと……という方でも構いません。ちょっと目を通してみるだけでも結構ですので、当ブログのリンク集からそれぞれのwikiへ飛べます。是非一度ご利用くださることを願って止みません。では、失礼します〜。
posted by skywalker at 14:27| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リンク・サイト紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

戦いにおける戦術についてTips

陣形や戦術についてあれこれ書いてきましたが、具体的な戦術の動き、あるいはそれをゲーム的観点で見た場合の戦術とは、つまりこうです。まず、戦術というものはどんなゲーム、戦いであってもほとんどと言っていいほどフランキング(翼攻撃)で決着が着くものなのですが(詳しくは「歩兵と騎兵、中世の陸戦戦術」をご覧ください」)、それは何故かというと、単純に歩兵にしろ騎兵にしろ実際の戦闘時は鎧などもあり動きの重いものなので、そういう意味では普段通りの機動力じゃないところへしかも正面の敵と交戦中に真横から突撃を食らうとどうなるか、というと、必ずと言っていいほどその軍隊は狼狽、します。何故かと言えばそもそも戦争における軍隊というのは職業軍人であっても生身の人間が金属の鎧を身に着けて行うものなので、そういう意味では単純にゲームによくあるような部隊の攻撃力や防御力・機動力などで勝敗が決まるものではありません。戦闘において一番戦況を左右するものは、その戦っている兵士個々そのものの士気であって、そういう意味では戦場において部隊規模で狼狽したり混乱させられているようでは、ほとんど死に近いといってもいいほどなのです。そういう意味で戦況を動かすのには相手部隊の士気にダメージを与えるのが最も効果的で、戦場において戦況を左右するものはほぼ間違いなく十中八九士気である、といっても過言ではありません。その士気単位でダメージを与えるのに最も効果的、なのがフランキング(翼攻撃)で、これは機動力から騎兵で行われることが多いですが別に歩兵でも構わずとにかく戦場において相手に横や背後を取られる、あるいは狼狽・混乱させられる、というのは受ける側にとって最も致命的、になります。下手したら、盾を持った状態で敵部隊の弓の斉射を受けるよりもしんどいとは思うのですが、とにかく物理的にはほとんど損害を受けていない状態でも、戦場で士気をやられるというのはほとんど圧倒的に戦況を決められてしまう原因にもなります。(もちろんこれについては現代のスポーツでも同じで、監督やコーチなどのプレーの内外でやるべきことは選手のパフォーマンスを最大限に引き出す、という意味でもその士気、あるいはコレクティブ・エフィカシーともいいますが、選手の自信やモチベーション、やる気を引き出してやることにあります。そういう意味では古代も中世も、近世も現代もほとんど変わらない、ということになるとは思うのですが)古代から中世、近代までの戦いにおいても戦場の戦況を決めているのは圧倒的に士気あるいはその他戦場の背後要因であることが多く(大体同じ年代の似たような列強間ではさほどその基礎的な軍隊の戦力差があるとはいえないであろう)、そういう意味では士気というのは戦場においても、あるいは庶民の日常生活に(この場合はモチベーションともいうが)おいても圧倒的に重要な部分を占めているのであり、逆にいえば戦場では相手の士気を攻撃することで最も効率よく勝ちを導ける、ということなのです。そういう意味ではフランキングが特に中世・近世の陸戦におけるひとつの戦術のキーのようなものになっていくのですが、そのフランキングを実行する際は大抵の場合自軍本隊(指令部隊)から見て必ずといっていいほど右側から仕掛けると最も効果的、になります。ひとつは、地球上の人類は全体的に基本的に右利きが多い、からで弓や弩、鉄砲を撃つ際なども自身から見て右から左に標的を追った方が当然命中させやすくなります。まぁ、これはFPSなどをやればよく分かると思うのですが、大抵の場合は右利きが多い以上、利き目に関わらずある程度重い弩や銃などの武器は利き手側から逆側に追って照準を合わせたほうが命中しやすくなるので(これには射撃の際の衝撃を吸収する動きと筋肉の動きも多いに関係していると思われる)、そういう意味ではフランキングを実行する際は、必ずといっていいほど自軍から見て右側から仕掛けたほうが、断然成功率が上がります。もうひとつ、右側から行く理由としては陰陽五行において北を上にした場合物事の流動性、スムーズさを司る水と風、それから勢いを司る風と火の方角がそれぞれ順に水・風・火が北・東・南に対応しているので(大地は南西、金・全は西)そういう意味では基本的に勢いを伴う事は北を上に据えた場合は右側から仕掛けるほうが断然成功しやすい(というか少なくとも縁起はいい)のであり、またさらにそこから派生させると狙撃、狙い撃つ、慎重な攻撃は主に象徴が風と水であるから北東の方角から仕掛けたほうが効率がいいのであるし、火と風に象徴される突撃・突入・勢いのある攻撃、などは陰陽五行でいえば南東の方角から仕掛けたほうが成功率が高い、のです(実際に三国志演義の徐庶が指揮を執った博望坡の戦い、では総大将の劉備が趙雲に対して曹操軍の将軍曹仁の敷いた「八門金鎖の陣」に対して手勢五百騎を与え「東南の方角より馳せ入り、西へ西へを駆け散らし、また東南の方角へ(風と火)と取って返せ」と指示している)。まぁ、風水的な縁起としてしまえばそれまでなのかもしれませんが、ある地方では例えば太陽の通る方角は決まっていることからも、そこから考えれば方角とそれに付随する属性が物事の細事、あるいは審美に関わっていることは想像に難くないはずです。大抵そういった古代からの習慣や言い伝えのものは、最先端にいくほど科学的に観れば意外と根拠のあることが多く、そういう意味では陰陽五行もバカにならない、というよりはむしろすごく実践的でとてつもなく使える、のです。また、これらについては陰陽の向き、ということも影響しています。

(右回りである)
ということからも右側から戦術、あるいはフランキングを仕掛けたほうが断然成功しやすい、といえるわけでまた相手も同じ習慣に則っていれば当然右側、つまり向かって自軍の左側から何かしら仕掛けてくるわけで、そうだと予めある程度分かっていればそれに対して事前に準備しやすくなるので(左を装備や地形などで守りを固め、右から打って出るように備えておく、など)、またお互いがそうだとある程度決めていれば全体的に戦況が動かしやすくなる、ということもありそういう意味では習慣のようでもある程度は理に適った、ことなのです。まぁ、それを予め知った上で逆に相手の全く裏をかくことも平気で行われるのが実際の戦場、というものなのですが、そういう場合でも特に東アジアの事象となりますが軍隊を動かすなど、大事の際には縁起を担ぐことは必ずといっていいほど通る道、なので逆に縁起でもないことはそういう大事の際にはやらない、といったことは戦時の決まり事、のようになっている節、もあります。まぁ、とにかくフランキングなど戦術は古今東西問わずとも右側から仕掛けたほうがいい、ということなのですが、このように様々な要因が絡んできている、ということは言えなくもない、ということです。この項の主張に関しては以上です。 (中世・近世ヨーロッパ歴史研究考証wikiより転載)
続きを読む
posted by skywalker at 13:05| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする